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テンシノキセキとブレイクタイム

  • 2003年09月15日(月) 19時01分
 東西で行われた14日(日)の重賞レースは、ともに私の住む浦河町絵笛地区の生産馬が優勝し、たぶん史上初めての出来事?となったはずである。セントウルS(阪神)はテンシノキセキ、もう一方の京王杯AH(中山)はブレイクタイムと、それぞれかなりきわどい接戦となったが何とか競り勝った。テンシノキセキは、これで20戦9勝。重賞2つ目の勝鞍となり、今後は短距離路線の総決算ともいうべき「スプリンターズS」でも善戦が期待できそうだ。

 ブレイクタイムは22戦6勝、昨年の同レースでも優勝しており、これで同一重賞二連覇となった。そして、奇しくも、この二頭は、昨年も同じ日(9月8日)に、やはり同じ重賞に出走している。昨年は、ブレイクタイムが優勝、テンシノキセキが4着(勝ったのは今年、同レースで鼻差の二着となったビリーヴ)という結果だったのが、ちょうど一年後に「アベック優勝」となったわけである。不思議な縁と言わねばなるまい。

 テンシノキセキは、駿河牧場の生産。ブレイクタイムは谷口牧場の生産である。両方とも私の牧場からはよく見えるところにある。それどころか、谷口牧場に至っては、隣の牧場である。さっそく、ブレイクタイムのことを専務の谷口幸樹さんに聞いてみたところ、出生時の意外な話を教えてくれた。それによれば、ブレイクタイムは、何と放牧地でいつの間にか(つまり知らない間に)すでに「生まれてしまっていた」という。たまたま、そこに偶然通りかかったのが、町内のKさん(牧場主)と、栗東トレセンの調教師Iさん。「あれ、あの馬、放牧地でお産をしてしまったようだぞ」ということになり、急いで谷口牧場へと急を報せたのだが、あいにく留守だったため、やむなく二人で放牧地から出産間もない母子を厩舎まで連れて来てくれたのだそうだ。

 馬の出産といえば、まずほとんどが夜間だが、この母馬はどうも昼間に産気づく傾向があるとかで、昨年も危うく放牧地で出産してしまうところだったらしい。

 ともあれ、親切な人々によって何とか無事に厩舎まで連れて帰ってもらったブレイクタイム。栗東のI調教師にとっても、忘れ難い経験だったと見えて、帰宅してから夫人に「北海道でこんなことがあった」とこの時の体験を語ったのだそうだ。すると夫人曰く「それは強運の持ち主だから大成するかもしれない。ぜひ、その馬を購入するべき」と助言したというから驚きである。慧眼という他ない。

 それでI調教師のところに入厩したというのなら、大変な「美談」になるところだが、残念ながら、Iさんが駆けつけた時にはすでにブレイクタイムは売れてしまっていたのだそうである。結果は周知の通りで、夫人の勘は見事に的中してしまったということになる。

 ところで、なぜ、放牧地で出産するのが危険なのか、をここで簡単に説明しておこう。サラブレッドの場合、繁殖牝馬は数頭単位でグループ放牧している。その中の一頭がいきなり分娩し始めると、他の馬が騒ぎ出し、落着いて出産できなくなる。私も経験があるのだが、他の馬にとっては格好の見世物となるわけで、一様に興奮し、事故が起こりやすい。静かな馬房で、ゆっくりと分娩させることが何より大切なのである。

 この時、何もアクシデントが起きなくて良かったとしみじみ思う。やはり「強運の持ち主」だったのだ。そして、運もまた実力のうちということか。

岩手の怪物トウケイニセイの生産者。 「週刊Gallop」「日経新聞」などで 連載コラムを執筆中。1955年生まれ。

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