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馬自身が勝ち方を知っていたかのようだった/ヴィクトリアマイル

  • 2016年05月16日(月) 18時00分


ストレイトガールの与えた教訓は大きい

 しかし、それにしても驚くべき牝馬がいたものである。苦しいはずの東京1600mをあっという間に抜け出し、楽々と「1分31秒5」のレースレコードで2馬身半差の圧勝。いならぶG1ホースをまったく問題にしなかった。7歳以上の牝馬がG1を制したのは史上初の快挙であり、JRAの長い歴史の中、グレード制成立以前のビッグレース(G1級)を、当時なら8歳と表記されていたはずの7歳牝馬が勝ったのも初めてのことである。

 引退を撤回し、最大目標と狙ったG1に、7歳の牝馬ストレイトガールを素晴らしい状態で出走させることに成功した陣営の手腕も、まるで勝ち馬のポジションを分かっていたかのように、流れを読んで理想の位置に導いた戸崎圭太騎手もすごいが、ストレイトガール(父フジキセキ)自身が勝ち方を知っていたかのようだった。

 ストレイトガールはこれで、東京の1600mはこのG1だけに出走して「3着、1着、1着」となった。他場での6着、9着を合わせマイル戦通算【2-0-1-2】。とくに1600mを選んで出走してきたわけではない。というより、ベテラン牝馬になるまではマイル戦は避けてきたといってもいい自称スプリンター系で、1600mは自身の出走するもっとも長い距離である。馬場状態やペースを別に、ストレイトガールのヴィクトリアマイル3戦は、5歳以降「1分32秒4→1分31秒9→1分31秒5」。信じがたい記録である。

 チャンピオンスプリンターだったロードカナロアも、遅くなって頂点のG1安田記念を勝ってみせたが、1600m戦は【1-1-0-0】だった。いまや世界のトップマイラーになった5歳モーリスも、4歳の春に覚醒するまでの7戦【2-0-1-4】の成績の中には、1600mは5着1回が含まれるだけ。最初は、1600m以上は合わないのではないかと思われていたスピード型である。

 近年を代表するチャンピオンのモーリスも、ヴィクトリアマイル2連勝となったストレイトガールも、最初はマイル戦こそ…と思われていなかったところが共通点である。完成されてベテランになったからマイルをこなせるようになったのか、というと、こなしたなどという生やさしい勝ち方ではない。みんな競走馬に少しでもいい成績を残してもらおうと、熟考して距離を選ぶ。試行もくり返す。あまりいろんな距離に出走すると定見がないなどとされかねないが、ずっと同じような距離や条件に出走するのは、それもまたポリシーがないということなのか。

 近年は、調教技術の進歩に加えて、生産頭数が減ったことも関係し、また、早期消耗につながるようなレースへの出走ローテーションを組むことがなくなったから、競走馬の活躍できる期間は長くなっている。ということは、試行錯誤に許される時間も長くなったのであり、大成功したストレイトガールの与えた教訓は大きい。たしかに特別な存在ではあるが、7歳牝馬の激走は、馬券を買うファンの側にも視点の広がりを求めている。考えてみれば、牝馬はだいたい繁殖のために5-6歳で引退してしまうから、7歳の勝ち馬が男馬より少ないだけのことで、牡馬と牝馬のどちらがタフな生命力を持っているのか、というなら、それは「文句なしに牝馬」が定説である。

 ここが大目標だったので、このあとのストレイトガールの予定は示されていない。次にまた快走があるか、というとこれはもう関係者からして全面的に懐疑だが、レースレコードで圧勝したストレイトガールの上がりは33秒4ー11秒6。最速ながら、激走ではなかった印象がある。

 レースの流れは予測されたよりはるかに厳しく、前後半「45秒7-45秒8」=1分31秒5だった。前半1000m通過は「57秒2」、レース上がりは「34秒3-11秒6」である。この厳しいペースで流れても、東京のマイル戦らしく前後半のバランスを失っていないから、このレースで上位を占めた馬のレベルは高い。結果、上位7番人気までに支持された馬は、みんな上位8着までに入っている。

 ミッキークイーンも、ショウナンパンドラも、そろってストレイトガールに完敗とはいえ、G1の実績を誇る実力馬らしい内容を示した。3コーナー過ぎの中間地点では、同じディープインパクト産駒のミッキークイーンと、ショウナンパンドラは、勝ったストレイトガールとほとんど同じ中団にいて、3頭ともに後半の3ハロンを「33秒台」でまとめた。この3頭以外で33秒台を記録したのは最後方から差を詰めた7着ウキヨノカゼ(父オンファイア)だけである。

 ミッキークイーンと、ショウナンパンドラのハナ差はあってないようなものだが、しいて理由を探せば、マイル戦に対する少々の慣れの差と、微妙な適性の差か。4コーナーからのコース取りも明暗を分けたかもしれない。

 しかし、重傷から復帰して2日目、実際のレースに騎乗するのは2鞍目。好スタートをストレイトガールの戸崎騎手と同じように自然と中位の内寄りに下げた浜中俊騎手のレース感覚は素晴らしい。結果として、3頭ともにあそこが高速のマイル戦で前後半のバランスを保てる位置だったわけで、あれより下げても、また逆に前にいても苦しかっただろう。浜中騎手は、今回は骨折負傷明けとあって珍しく追い出しての姿勢が乱れ、バランスを失いかけそうになる場面まであったが、すごい気迫だった。いつもと異なっただろう鞍上の動きに戸惑いながら、その気迫に応え最後の最後に競り勝ったミッキークイーンはさすがだった。

 この2頭、宝塚記念に向かうことになるが、2200mならお互いにとり過不足のない選手権距離である。再度、ハナ差の決着になるくらいの好勝負を期待したい。とくにショウナンパンドラは、宝塚記念2200mなら能力全開が望める。

 スマートレイアー(父ディープインパクト)は、伏兵レッドリヴェールが前半引っぱってくれたのは武豊騎手にとって大歓迎だったと思われるが、そのあとかかり気味にカフェブリリアントに来られたのが誤算。自身の1000m通過57秒6は、想定ペースよりだいぶきつかったろう。これでヴィクトリアマイルは「1分32秒7(8着)→1分33秒0(10着)→1分32秒1(4着)」であり、通算1600m【4-0-0-3】の中では、今回が自身最高の内容でもある。

 伏兵陣の中で素晴らしい身体になっていたのは、シュンドルボン(父ハーツクライ)。さすがにこんな高速のマイルにはいきなり対応できなかったが、2000m前後の牝馬戦ならエース級相手でも好勝負だろう。同じハーツクライ産駒のマジックタイムも目を引く好馬体だったが、こちらは結果的に早く動き過ぎてしまったか。レッツゴードンキ(父キングカメハメハ)は、幻想の桜花賞は別にして、マイルチャンピオンS(1分33秒3で6着)だけ走れば差はないと思えたが、今回は自己最高の1分32秒9でも10着止まり。牝馬同士にしてはレベルが高すぎたか。レース直前の返し馬をみると、明らかに集中力を欠いている。動きは悪くなくてもスランプなのだろう。

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1948年、長野県出身、早稲田大卒。1973年に日刊競馬に入社。UHFテレビ競馬中継解説者時代から、長年に渡って独自のスタンスと多様な角度からレースを推理し、競馬を語り続ける。netkeiba.com、競馬総合チャンネルでは、土曜メインレース展望(金曜18時)、日曜メインレース展望(土曜18時)、重賞レース回顧(月曜18時)の執筆を担当。

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