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この馬はどのハリアーか

  • 2016年07月23日(土) 12時00分


 今、相馬野馬追を見るため、福島県南相馬市に来ている。

 昨年までと同じく、小高郷の騎馬武者・蒔田保夫さんのお宅に泊めてもらい、三男の武士君の部屋でこの稿を書いている。

 蒔田さんは今年、勘定奉行をつとめるため、22日、金曜日の午後4時から同慶寺で行われる墓前祭に出るという。なので、私は、南相馬観光協会での取材を済ませてから同慶寺に向かった。

野馬追開催を前日に控えた7月22日、南相馬市小高区の同慶寺で墓前祭が行われた。


 同慶寺には長年にわたってこの地を治めた相馬家累代の墓地がある。「歴代相馬藩候墓前祭」が墓前祭の正式名称だ。

 小高郷の19名の騎馬武者が、厳かな雰囲気のなか、礼螺奉吹(れいがいほうすい)や墓前祭法要などを行い、武運長久と、小高郷全69騎の無事帰還を祈願した。

 今年は、小高郷を含む5つの騎馬郷から440騎の騎馬武者が出陣を予定している。

 墓前祭のあと、蒔田さんが甲冑行列で騎乗する馬の世話をするため、雲雀ヶ原祭場地に近い武田さんのお宅にある厩舎、通称「武田厩舎」へ。

雲雀ヶ原祭場地に近い武田厩舎。右が武田優子さん。扇風機にさわっているのが蒔田さん。法螺貝を吹いているのが今村一史さん。


 昨年と同じく、栃木の乗馬クラブから野馬追のために借りた馬が3頭来ていた。手配したのは蒔田さんの先輩で、36年野馬追に出ている今村忠一さん。今村さん自身と息子の一史さん、そして蒔田さんが乗る3頭は、すべて去年と同じ馬らしい。

 ということは、蒔田さんが乗るのはプレシャスベイブという、元競走馬の10歳牝馬だ。

 今村さんは、ハーモニーフォーチュンという血統などが不明の被災馬、一史さんはマンハッタンムーンという元競走馬の11歳セン馬である。

右が蒔田さんが乗る馬、左がマンハッタンムーン。


 上の写真のキャプションを「蒔田さんが乗る馬」という微妙な表現にしたのはなぜか、それをこれから説明したい。

「去年も野馬追に出てっと、馬がどんなことをしなっかなんねえかわかってるし、おれのことも覚えてっからいいよね」と蒔田さん。

「それにこいつ、おとなしいし」と私。蒔田さんが去年乗ったプレシャスベイブは、人にも馬にもよくなつく、親しみやすい性格の牝馬だった。

 馬房の前に立った私は、「久しぶりだな」などとしばらく話しかけてから首差しを撫で、ポンポンと叩いた。その手で鼻面を撫でようとしたら、そっぽを向かれた。噛もうとしたり、顔をぶつけてきそうな気配はまったくないが、素っ気ない。

 ――1年前にちょっと会っただけだし、仕方ないかな。

 と思っていたら、その馬が、おしっこをした。

「ま、蒔田さん、これ、プレシャスベイブじゃないです」

「え?」

「今おしっこをしたら、ついてるんです」

 私がそう言うと、蒔田さんは馬の股間を覗き込んだ。

 おちんちんがある。セン馬だ。

 プレシャスベイブは栗毛だが、この馬は似た感じの鹿毛で、大きさも同じぐらいだ。が、決定的に、性が違う。

 馬を連れてきた人に話すと、まず連れてきた馬のリストを、次にその馬の股間を見て頭を抱え、

「プレシャスベイブと馬名プレートが貼られた厩から馬運車に乗せたんです」

 と、乗馬クラブのオーナーに電話した。連れてきた人は、輸送と、到着後のケアをオーナーから依頼された外部の人だったのだ。

 電話で話した結果「馬違い」であることがわかった。

 私は、馬名を訊いてもらった。

「今はハリアーという名前です。中央競馬で走って、現役時代の名前は何とかハリアーだそうです。美浦から来た、ということしかわからないようです」

 とりあえず、「ハリアー」で検索すると1頭いたが、2014年生まれの牝馬だ。これは違う。

 エリモハリアーとロードハリアーはどちらも最後まで栗東の厩舎にいたし、流星がある。テイエムハリアーは芦毛、シルクハリアーは青鹿毛だ。

 ――ハリアーってつく馬、こんなにいるのか。こいつ、まさか、あの「ハリアー」じゃないだろうな。

 と、独りごち、私も乗馬クラブのオーナーに電話をした。私にとって、もっともなじみ深い「ハリアー」の可能性もあるからだ。だとしたら、美浦の杉浦宏昭厩舎で現役を終えている。

「このハリアーって、フサイチハリアーじゃないですか?」

「いやあ、別の人を介してウチに来たからわからないんです」

「美浦の杉浦厩舎から来たのでは?」

「そうだったかな。大竹厩舎から、って聞いたような気もしますが……」

 血統書などはないのだという。

 フサイチハリアーなら、私は栗東トレセンで16年前に会っている。父サドラーズウェルズ、1997年アイルランド産。

 田原成貴さんが騎手を引退し、技術調教師となった98年、イギリスで2億円ほどでセリ落とした馬だ。「栗東一の高馬」として注目され、00年5月の旧4歳未勝利戦で武豊騎手を背にデビューするも11着。その後も勝ち鞍を挙げることができず杉浦厩舎に転厩し、未勝利のまま引退した。

 そう私が説明すると、蒔田さんは、

「えー、2億円!?」と目を丸くした。

「お前、誰だったんだろうな」とハリアーを洗う蒔田さん。


 成貴さんの厩舎にいたとき、ハリアーを持ち乗りで担当していた調教助手は、よく馬に話しかける人だった。

「きょうは寒いなあ」という、その助手の声に私が応えようとしたら、彼の話し相手は私ではなくハリアーだった。

 東京の仕事場に戻れば、当時の写真のポジなどが出てくるだろうか。

 このハリアーは、16年前に会ったあのハリアーなのか、それとも……。そんなことを思いながら蒔田さんとともに動くのも楽しいかもしれない。

 今年の相馬野馬追は、例年になく涼しいなかで行われそうだ。

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作家。1964年札幌生まれ。ノンフィクションや小説、エッセイなどを、Number、週刊ギャロップ、優駿ほかに寄稿。好きなアスリートは武豊と小林誠司。馬券は単複と馬連がほとんど。趣味は読書と読売巨人軍の応援。ワンフィンガーのビールで卒倒する下戸。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』など多数。『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』で2011年度JRA賞馬事文化賞、小説「下総御料牧場の春」で第26回さきがけ文学賞選奨を受賞。最新刊はテレビドラマ原作小説『絆〜走れ奇跡の子馬』。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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