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水原一平氏の違法賭博について

  • 2024年03月28日(木) 12時00分
 ここ1週間ほど、どのメディアも、大谷翔平選手の通訳だった水原一平氏の違法賭博のニュースで溢れている。

 なかには、急に大谷選手を批判しはじめるコメンテーターなどもいて、そういう人間を見るたびに嫌な気持ちになる。

 彼らは一様に、どうやって水原氏が大谷選手の口座にアクセスしたのかが明らかにされていないとか、7億円もなくなっていることに気づかないのはおかしいとか、自分の金を人に管理させるのは脇が甘い、といったことを言う。

 金額が百倍以上違うが、私だって、自分の通帳やキャッシュカードがどこにあるのかも知らないし、年収の1割に満たない額を、経理を担当している家人がギャンブルに遣っていたとしても(していないと思うが)、しばらくは、あるいは死ぬまで気づかないかもしれない。そして、大谷選手の倍以上生きていながら、人に利用されたり、騙されたりする脇の甘さはある。もっと言うと、金の管理を自分ではしていない個人事業主を、私以外に何人も知っている。

 そもそも、どうやって口座にアクセスしたかは、被害者の大谷選手ではなく、実際に振り込んだ水原氏に聞くべきことだろう。それを調べるのは大谷選手ではなく、捜査機関である。ひとつ覚えで「批判精神」というやつにとらわれているのかもしれないが、それは個人ではなく体制に向けるべきものだ。

 また、「明らかにされるべきだ」とか、「疑問だ」と騒ぐ前に、自分で調べてみたらどうか。ネットで検索するだけでもある程度の答えは得られる。それ以前に、大谷選手は会見の冒頭で「今日話せることに限りがある」と言っているのに、なぜ騒ぐのか。

 不思議なことに、そういう人間たちは、顔つきや話し方までよく似ている。ここに顔写真を並べたいくらいだ。

 彼らには、大谷選手が会見の最後のほうで口にした「正直、ショックという言葉が正しいとは思わないですし、それ以上の言葉では表せないような感覚で1週間ぐらいは過ごしてきたので、うまく言葉にするのは難しいなと思っています」という言葉が響かなかったのだろう。

 大谷選手は、現時点で言えること、言うべきことを、自分の言葉で、前を見て、しっかりと話してくれた。

 今のところ、確かなのは、水原一平氏が違法賭博で巨額の借金を背負い、大谷選手名義の口座からブックメーカー側に送金した、ということだ。

 それにしても、大谷選手とともに、あれだけエキサイティングな現場にいた水原氏がのめり込んでしまうほど、彼がやっていたギャンブルは面白かったのだろうか。

 私は凡人だし、ギャンブルの魅力も怖さも知っているので、感覚としては、大谷選手より水原氏に近いものをたくさん持っていると思う。

 だからわかるのだが、どんな競技に、どのような条件で、どのくらい賭けたのかを、ギャンブルをする私のような人間に聞かれたら、案外すんなり話すと思う。すんなりどころか、いったんしゃべり出すと止まらなくなるかもしれない。

 例えば、だ。繰り返すが、あくまでも話を進めるための例である。

 私が水原氏の聞き取りを担当することになったら、まず、こう聞く。

「一平さんが使っていたブックメーカーでは、日本の競馬みたいに正規の胴元があるものにも賭けられるの?」

 答えが「イエス」だったらこうつづける。

「去年の有馬記念、ドウデュースの単勝は5.2倍だったんだけど、一平さんのところではどのくらいだった?」

 主催する経費がかかっていないのだから、当然、もっといいオッズが提示されていたのだろう。そこから、競技によってテラ銭がどう変わってくるのか、野球の場合はどんな賭けがあるのかなど話をひろげていくことになると思う(野球に賭けていたのかどうかに関して、個人的には、自分のチームが勝つほうに賭けるぶんにはいいように思うのだが、世間は許してくれないだろう)。

 そうしたことの裏返しで、彼は、ギャンブルをしない人間、つまり、共感してくれない相手に対しては何も話さないと思う。話しても面白くないし、軽蔑されるとわかっているからだ。であるから、ずっと一緒にいた大谷選手にギャンブル癖を知られていなかったのも不思議ではない。

 水原氏がいなければ、大谷選手はあれほどの成績を残せなかっただろうし、昨春のWBC優勝もなかったかもしれない。野球界、スポーツ界への貢献度は大きい。心情的には、そうしたことを差し引いた処分に着地してほしいと思うが、司法取引などで、大谷選手に不利になる虚偽の証言をすることだけはやめてもらいたい。

 水原氏の件がニュースになってから、やはり、と言うべきか、ギャンブル依存症の問題が一部でクローズアップされている。

 先に記した有馬記念のドウデュースの違法ブックメーカーでのオッズを、仮に水原氏が「10倍だった」と答えたとしよう。それを聞いて「おっ!?」とか「いいなあ」と少しでも思った人は、沼にハマっても不思議ではないものを持っているのではないか。

 もう少しハードルを下げて、大谷選手の会見の前に、大谷選手が水原氏の借金を肩代わりしたのか、それとも水原氏が盗んだのかと熱心に予想していた人たちも、ハマってもおかしくないものを持っていると思う。「肩代わりしたほうに千円!」というのと変わらないからだ。

 そこから先、借金を繰り返してでも、あるいは、嘘を重ねてでも、友人を裏切ってでもギャンブルをつづけてしまう――というところまで大きな距離があることは確かだが、比喩的に言うと、地つづきではあると思う。

 そこまで踏み出さずに自制できるのは、良識であったり、(迷惑をかけ得る)他人を思いやる気持ちであったり、恐怖心であったりするわけだが、特に最後の「恐怖心」は、誤った方向に作用すると歯止めが利かなくなる。借金が露顕するのが怖いから、それをギャンブルの配当で埋めようとすると、もう抜けられなくなる。

 ならば、勝つまでやればいいではないか、と考えるのは、一種の病気である。ただ、病気なのだから、治療法もあるし、治癒も期待できる。そのためには、これ以上悪化させないことだ。水原氏にも、頑張ってもらいたい。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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