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マークされた立場を考えると着差以上の圧勝/天皇賞・春

  • 2017年05月01日(月) 18時00分


◆父・母父を超え、種牡馬としての未来が広がるキタサンブラック

 断然の支持を受けた5歳牡馬キタサンブラック(父ブラックタイド)が、その鍛え上げた地力をフルに爆発させ、日本レコードの3分12秒5で抜け出した。

 猛然と飛ばし、レースがスローに陥るのをカバーしたヤマカツライデン(父シンボリクリスエス)は、2番手追走の武豊騎手(キタサンブラック)に「視界には入れておこう」と思わせた。また、場内を沸かせた貢献もあった。でも、キタサンブラック自身は終始マイペースである。

 3分12秒5の中身は、キタサンブラック自身の前後半バランスにすると「1分36秒3-1分36秒2」に近いと推定される。1600m通過を1分34秒5で飛ばしたヤマカツライデンから中間地点で約2秒近く離れて追走しながら、自身のリズムを崩さなかった勝ち馬は、まるでコンピュータの指示を受けたかのような正確なバランスを生み出した。

 サトノダイヤモンド(父ディープインパクト)=シュヴァルグラン(父ハーツクライ)の阪神大賞典組にマークされ、正攻法の先行策を取らざるをえない昨年の勝ち馬キタサンブラック(昨年は3分15秒3)は、苦しい立場に置かれるのでないか。一段と重量感をました馬体で、最後の詰めを欠くのではないか、と考えていたが、昨年の秋と同じ当日「536」キロのキタサンブラックは、今季初戦の大阪杯より格段にシャープで、スキがなかった。驚くほどすごい状態だった。一段の地力強化をかかげた陣営の厳しい仕上げに、期待を上回る充実でこたえた。

 終始、シュヴァルグラン、アドマイヤデウス、さらには射程内にいたサトノダイヤモンドのマークを受けながら、最後まで脚さばきは衰えることなく、2着馬に「1馬身4分の1差」は、置かれた立場を考えると着差以上の圧勝である。

 これまでのレコード3分13秒4を保持していた父の全弟ディープインパクトは、2006年春の天皇賞を、推定「1分39秒2-1分34秒2(上がり33秒5)」という、前半スロー追走の形から、後半に驚異的なロングスパートを決めて、レコードで圧勝している。レースの中身は、今年の逃げ馬ヤマカツライデンのレース運びを「逆回転」させたような後傾バランスである。

 どちらがすごいかは、考え方の違いもあれば、どちらのタイプ(レース運び)の方がビッグレースの必勝法か、さらには大仕事が可能か、となるので難しいが、ディープインパクトと、全兄の代表産駒キタサンブラックは、心肺機能や筋肉資質はともかく、体型、走法などほとんど似ていない。だから、やがて種牡馬となるキタサンブラックの未来は広がる。

 父ブラックタイドを、表面的にではあるが、完全に超えた。母シュガーハートの秘めていた能力も、その父サクラバクシンオーの伝えることの多い特質も、はるかにしのぐ広がりがある。ミニ.ブラックタイドにすぎず、あるいは、疑似.サクラバクシンオーでも少しも悪くはないが、キタサンブラックは父も母父も超えたことにより、起点の1頭になりえる可能性が生じた。次代の産駒に与える方向は大きく広がる。望まれる名馬とはこういう馬のことだろう。

 大レコード「3分12秒5」に対する感想は、芝状態があまりに大きく関係し、微妙な側面があるから複雑である。実際、5着アルバート(父アドマイヤドン)まで、不滅と思われた従来の大レコード3分13秒4を塗り替える記録だった。

 キタサンブラックは、昨年の記録を「2秒8」も短縮した。2着シュヴァルグランもまったく同様に「2秒8」短縮し、なんと勝ち馬との差「0秒2」まで同じだった。(3着サトノダイヤモンドは初めて)。4着アドマイヤデウスは、昨年の自身の記録を「3秒1」塗り替え、5着アルバートは昨年の時計を「2秒5」更新し、7着ゴールドアクターも昨年の時計を「2秒5」短縮している。

 チャンピオン級のトップクラスの古馬は、驚愕に値するほど正直だった。苦しくきびしい3200mを昨年につづいて1年ぶりに走ったら、みんな絵に描いたようにそろって「2秒5〜3秒1」ずつ、正確に記録を更新したのである。こんなレコード更新レースはみたことがない。短距離では目立たなかった馬場差は、3200mではあまりに大きかったのである。

 勝ったキタサンブラックを称えるとき、また今年も「0秒2」差に追い詰めたシュヴァルグランも絶賛されるべきだろう。懸命に追いすがり、自身の時計をキタサンブラックのレコード更新と同じような時計差で詰めたアルバートも、出遅れて持ち味を発揮できなかったゴールドアクターも、完調ではないと思えたディーマジェスティもさすがだった。圏外の15番人気だった10着ファタモルガーナ(父ディープインパクト)もまた、昨年のタイムを「2秒0」短縮している。

 キタサンブラックの素晴らしいレースの中身は、タイムを別にしても賞賛に値するが、いろんな新聞に載った「ディープインパクトを超えた。オルフェーヴルも、歴代の名馬も超えた」というトーンの見出しは、もし時計に注目するなら、残念ながら3分12秒7の3着(0秒2差)にとどまったサトノダイヤモンドに、慰めの言葉として転用して贈りたい。

 キタサンブラック、シュヴァルグランの状態があまりに光っていたためか、デキは少しも悪くないのにトモの運びに迫力が欠けるなど、歴戦の古馬の闘志に気圧されたか、少し頼りなく映った。外の15番枠だから、6〜7番手のあの位置は仕方がない。4コーナーを回る地点では有馬記念の再現も可能にみえたが、流れの緩まなかった長距離戦では上がり33秒台や34秒台はムリ。記録は上がりNo.1の35秒0として残るが、ゴール寸前は力尽き、2着馬に差し返されていた。ステイヤーではないということか。まだまだ、したたかな総合力(地力)不足ということか。

 秋には凱旋門賞に挑戦したいとする予定は変わらないはずである。5月、6月、7月、8月…。まだ鍛える時間はある。初の3200mを、3分12秒7で乗り切った内容を自信にしたい。キタサンブラックは予定通り宝塚記念に出走するはずだが、その先の海外遠征は、北島オーナーの健康状態によると思われる。周囲の心配はそのことが大きいだろう。

 3番人気のシャケトラ(父マンハッタンカフェ)は、出負けがこたえたか、追走が自身のリズムではなかった。前走比3キロ増の58キロで、初の3200mを3分13秒台なら、負けたとはいえ素晴らしい能力の証明である。この素質馬は、今回の経験がすべて血となり肉となるはずである。

 少しも落胆することはない。仮にだが、6戦のキャリアで、初の3200mを3分12秒台で叩き合って勝っていたら、キタサンブラックも、シュヴァルグランも、サトノダイヤモンドも、それはきびしい存在になっていた。しかし、今回の善戦で宝塚記念はもういきなりではない。出走してくるようなら好勝負である。

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1948年、長野県出身、早稲田大卒。1973年に日刊競馬に入社。UHFテレビ競馬中継解説者時代から、長年に渡って独自のスタンスと多様な角度からレースを推理し、競馬を語り続ける。netkeiba.com、競馬総合チャンネルでは、土曜メインレース展望(金曜18時)、日曜メインレース展望(土曜18時)、重賞レース回顧(月曜18時)の執筆を担当。

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