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愛馬と歩む第二の人生 移住から約1年“島の馬”となったティンク(3)

  • 2017年10月31日(火) 18時01分
第二のストーリー

▲仲の良さが窺えるティンクとヤギのココアのツーショット(画像提供:渡部久美子さん)


最期の場所に選んだのは大好きなタロッコ畑


 渡部さん一家に、ヤギのココアが加わり、のどかで微笑ましい日々が続いた。1歳のココアは、既に去勢されている。

「去勢をして角をのけないと、盛ってきたら攻撃してきて危ないと聞きました。結構強いですし、運動神経もありますからね」と渡部尚人さん。去勢していない雄ヤギには、愛らしい姿とは裏腹の勇敢な顔があるのだ。

「最初は柑橘類の名前にしようと考えていたのですけど、色が茶色くて可愛らしかったので、これはココアやなと」

 こうして名前はココアになった。

 最初は放牧地でココアが寄っていくと逃げたりしていたティンクも、しばらくするとそれもなくなっていた。万が一ティンクがココアを踏んではいけないということで、厩舎を柵で区切って2頭を分けていた。

「ティンクは時々、ココアの背中の匂いを嗅ぐことはあったのですが、ココアは相当ティンクを意識していました。ただココアは、私たちの目を盗んで柵の隙間から入り込んで、ティンクと一緒におるわということがたまにありました(笑)。ティンクだけ先に放牧場に連れて行くのですけど、ティンクが出始めると自分もつれていってくれとメエメエ鳴いていました。ティンクが餌を食べに放牧地から帰ってくると、ココアもそれを追いかけて帰ってくるという…。

 お父ちゃんと思ったのか、お兄ちゃんと思ったのか、おじいちゃんと思ったのかわかりませんけど、ココアがティンクを慕っていました。ティンクは、自分からココアに寄っていくのではなく、見守っているという感じでした。実はティンクがいる頃には、ココアは私たちにあまり慣れていなかったんです。私たちが近づくとココアは逃げていましたけど、ティンクには自分から寄っていきましたからね」

 幸せな日は、まだまだ続くかに思えた。けれども別れは突然訪れた。

 今年の西日本の夏は異常に暑かったが、餌はよく食べていたティンクは、一見して元気そうだった。

「八朔畑で草を食べさせた後、走って帰っていったので、元気やなと思っていました」

 だがティンクの体には異変が起きつつあった。渡部尚人さんの妻・久美子さんのフェイスブックによると、ティンクの体調がおかしいなと感じたのは、8月11日だった。餌を欲しい時の前掻きをしなくなり、餌を食べるスピードも落ちた。そして食後は、静かに立っていた。それが徐々に厩舎の壁や柵に寄り掛かるようになった。

「急にスーッと衰えた感じでした。疝痛をはじめ、いろいろなことを疑って獣医に診てもらったり、ボロを掻き出してみたりもしたのですが、どうやら疝痛ではなかったようです」

 獣医師が来る少し前にティンクは厩舎で体を横たえた。実は体が衰える前に、少し気がかりな症状もあった。

「左目に手をやると目をつぶるので光は感じているみたいでしたが、餌箱の左側の方の飼い葉が残っていたり、以前は左右同じように回っていたのに、片方だけしか回らなくなったり。以前は放牧場から戻るとダイレクトに厩舎入っていたのに、真っ直ぐ帰らなくなったりくるくる回り出したりしていて、脳か目に異常があるのかなとは思っていました」

 やって来た獣医師は、老化による臓器機能の低下で、今年の西日本の夏は異常に暑く、その暑さを乗り切る体力がなくなったのではないかと診断した。

 何とか立ち上がって壁に寄り掛かっていたティンクは、16日朝、力を振り絞って地力で厩舎から外へと出た。

「自分で厩舎出て、前の畑を歩き、参道を横切り、金網のフェンスをなぎ倒してタロッコ畑に突き進んでいきました。大きなタロッコの木にもたれかかるように静かに横たわり、でも起き上がろうとしてもがき、木も倒してしまうほどでした。結局、この大好きなタロッコ畑で最期の時を迎えたティンクです」

 久美子さんのフェイスブックには、こう記されていた。人参よりも八朔を好んだティンク。ブラッドオレンジの一種であるタロッコも、とても美味しそうに食べていたという。ティンクはそのタロッコ畑を、最期の場所として選んだのだった。

第二のストーリー

▲ティンクの移住1周年記念(画像提供:渡部久美子さん)


「友人の馬たちは30歳くらいまで生きているので、ティンクもそのくらいまではと考えていたので残念です。でも晩年は大三島でのんびりと暮らせたのは良かったと、ティンクを知っている皆さんは言ってくださいます。それにティンクは白くて立派な馬格をしてましたので、島の人たちも馬ってすごいなと感じてくれていたようです。ティンクが亡くなった時がお盆の時期でしたから、島の皆さんが見送ってくださいました」

 移住して約1年。ティンクは渡部さん夫妻の大切な家族の一員であると同時に、すっかり島の馬になっていた。愛する家族を亡くした渡部さんは、しばらくの間、畑仕事をしながら涙が止まらなかった。ココアはティンクが過ごした部屋でくつろいでいることもあり、ティンクの匂いとぬくもりに抱かれながら過ごしているようにも思えた。

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▲ティンクに供えられたお花とリンゴ(画像提供:渡部久美子さん)


第二のストーリー

▲ティンクの部屋でティンクのぬくもりを感じているかのようなココア(画像提供:渡部久美子さん)


 ティンクが旅立って1か月半以上が過ぎた10月7日、新しい家族が仲間入りした。

「元々、ティンクが元気な時に、ティンクの装蹄をして頂いている和歌山の装蹄師さんからポニーはどうですかという話があったんです。1頭ならスペースもあるし、引き取ってもいいかなと思ったのですが、2頭、兄弟で引き取ってほしいという先方の希望だったのでどうしようかなと思案していました」

 だがティンクが亡くなったことにより、兄弟2頭一緒に引き取ることとなった。まるでティンクが、兄弟のポニーにバトンを渡していったかのようだ。

第二のストーリー

▲新しい家族としてやってきた兄弟ポニー(画像提供:渡部久美子さん)


 渡部さんに電話でお話を伺ったのが、ポニーたちが到着した翌日だった。

「若いですし、もう少しチャカチャカするかなと思っていたら、大人しいですね。ティンクがこちらに来た時は緊張していましたが、兄弟一緒というのもあるのか、あまり緊張感はなさそうですね。

 ココアとポニーを一緒に小さい放牧場に入れてみたら、餌を食べる時にはお互いに威嚇していました。ココアは自分が先輩というのもあって、ポニーに威嚇されると怒って立ち上がって、それに驚いたポニーが逃げてみたり(笑)。できればこれからは仲良くしてほしいですけどね」

第二のストーリー

▲仲良く放牧を楽しむ3頭(画像提供:渡部久美子さん)


 キャラメル&オーレという名前が付けられた兄弟ポニーは、今ではすっかりファミリーの一員だ。ヤギのココアとは、時折ちょっかいを互いに出しながらも、適度な距離を保って過ごしているらしい。渡部さん夫妻も、ティンクを失った悲しみを抱えつつ、野菜や柑橘類を丹精込めて育て、ココア、キャラメル&オーレたちとの島暮らしを謳歌している。そんなファミリーの毎日を、ティンクはそっと見守っていることだろう。

(了)


※渡部久美子さんのフェイスブック(島暮らしの様子がわかります)
https://www.facebook.com/profile.php?id=100008753348528

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北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。

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