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世界最高峰までアタマ差に迫った伯楽の引退

  • 2018年02月15日(木) 12時00分


 今月限りで定年を迎える10人の調教師のほかに、柴田光陽調教師と二ノ宮敬宇調教師が勇退することが、先ごろJRAから発表された。

 一度に12もの厩舎が解散する。ということは、300頭以上の馬と100人以上の従業員が所属厩舎を変えるわけだ。

 こんな年は珍しいのではと過去の数字を見てみると、2014年度は13人(嶋田潤元調教師は3月に引退)、2011年度は14人(8人は定年前)、2009年度は13人(10人は定年前)の調教師が引退している。

 思えば、景気低迷で「失われた20年」と言われた1990年代初めから2010年代初めまでの下半期あたりから、経営が厳しくなった厩舎が調教師の定年前に解散することが珍しくなくなった。それにしても、2009年度に10人も定年前に引退する調教師がいたとは、あらためて驚かされる。

 今年引退する調教師は、ここ数年のなかでもビッグネームが多い。

 日本にモンキー乗りをひろめた保田隆芳の甥で、池上昌和調教師の父でもあり、騎手時代、トウショウボーイで皐月賞、メジロアサマで天皇賞・秋を制した池上昌弘調教師。

 騎手時代バンブーアトラスでダービーを勝ち、調教師としてテイエムオペラオーを管理した岩元市三調教師。

「大尾形」とも「競馬界のドン」とも呼ばれた尾形藤吉の孫で、グラスワンダーを育てた尾形充弘調教師。

 ノースフライト、エリモエクセルといった名牝を育てた加藤敬二調教師。

「サクラ」の冠の馬の主戦騎手として華のある騎乗でファンを魅了し、管理するイーグルカフェ、マンハッタンカフェでGIを制した小島太調教師。

 統一GI馬ワンダーアキュートを育てた佐藤正雄調教師。

 殿堂入りした二本柳俊夫の息子で、バリエンテーなどの活躍馬を管理し、二本柳壮騎手の父でもある二本柳俊一調教師。

 女傑イクノディクタス、タフで鳴らしたミスタートウジンなどを育てた福島信晴調教師。

 統一GI馬ニホンピロジュピタを育て、今週のフェブラリーステークスにケイティブレイブを送り込む目野哲也調教師。

 智将として知られ、ゴッドオブチャンス、トップガンジョーなどで重賞を制し、和田正一郎調教師の父でもある和田正道調教師。

 以上が定年で引退する調教師。

 さらに、騎手時代海外でも騎乗し、管理馬テイエムサウスポー、カチドキリュウなどで重賞を勝った柴田光陽調教師。

 NHKマイルカップ、ジャパンカップなどを制し、凱旋門賞で「勝ちに等しい」とまで言われた2着となったエルコンドルパサーのほか、ナカヤマフェスタ、レインボーダリア、ショウナンアデラ、ディーマジェスティなどのGI馬を育てた二ノ宮敬宇調教師。

 尾形師と小島師についてはほかのところにも書いたので、ここでは簡単に触れるにとどめておきたい。

 私たちファンにとって、小島師のように騎手時代に華々しい戦績を挙げた人は例外として、調教師の名を聞いてまず思い浮かべるのは管理馬の走りである。

 その意味で、二ノ宮師の引退は、上に記した名馬たちの蹄跡が、これまでとは違った形で競馬史に封印されることでもあり、ただ寂しいだけではなく、こうして時の流れを感じることもまた、競馬のひとつなのだなと思わされる。

 1990年に厩舎を開業した二ノ宮師は、1999年、エルコンドルパサーをフランスに長期滞在させてGIのサンクルー大賞を勝ち、先述したように、凱旋門賞で2着をもぎとった。47歳になった年だったとはいえ、調教師になってからは10年しか経っていなかった。にもかかわらず、新たな手法をとりつつ、日本人騎手を起用しつづける「チームジャパン」で結果を出したのだから、称賛に値する。

 師が管理したナカヤマフェスタも、2010年の凱旋門賞で2着になっている。

 凱旋門賞の惜しい2着というと、前述した1999年のエルコンドルや、直線で抜け出しブッちぎるかに見えた2012年のオルフェーヴルが思い出される。

 ところが、着差に着目すると、別の惜しさが見えてくる。

 エルコンドルはモンジューから2分の1馬身差、2012年のオルフェはソレミアからクビ差、2013年はトレヴから5馬身差の2着だったが、ナカヤマフェスタはワークフォースからアタマ差の2着だった。

 そう、着差のうえで、世界一の座にもっとも肉薄したのはナカヤマフェスタだったのだ。

 私はその一戦を現地で見ていた。レース後、二ノ宮師が「この馬をこのままこっちに置いておけば、来年の凱旋門賞を勝てますよ」と話したときの、サバサバした口調と、悔しさを隠すような表情が、今も印象に残っている。

 同馬はその後いったん帰国し、翌2011年もフォワ賞、凱旋門賞という前年と同じローテーションを歩むも、4着、11着に敗れた。

 二ノ宮師はまだ65歳。定年まで5年を残して引退する背景には健康上の理由があると聞いている。

 またひとつ、価値あるブランドが競馬界を去って行く。

 伯楽が見せてくれた夢を叶えるホースマンは誰になるのか。それを楽しみにしつつ、歴史的瞬間を待ちたい。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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