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北海道地震で被災した牧場関係者に聞いた

  • 2018年09月13日(木) 12時00分


 9月6日、木曜日の午前3時8分ごろ、北海道胆振東部地震が発生した。震源周辺の厚真町で震度7、その北西と南東にそれぞれ隣接する安平町とむかわ町で震度6強、むかわ町の南東の日高町や平取町などで震度6弱、新冠町や新ひだか町、私の生家のある札幌市手稲区などでは震度5強を記録した。

 その日、私は東京の自宅兼仕事場にいた。早朝から何度も電話が鳴り、メッセージがたくさん入っていたので何事かと思ったら、叔父(父の弟)が私の実家に様子を見に行ってくれたという。いわゆるブラックアウトで北海道全域で停電し、固定電話が通じなくなっていたので、叔父がそうして父の無事を知らせてくれて助かった。

 テレビのニュースを見ながら、親戚や知人の安否を確認していると、日高町の門別牧場代表の門別貴紘さんから「島田さんは大丈夫でしたか?」とメッセージが来た。心配していたのはこちらのほうだったので、「門別さんこそ大丈夫ですか?」と返信したら、「人馬とも無事です。停電していますが、厩舎の水は出るので、とりあえず大丈夫です」ということだった。

 あれから1週間。馬産地の人馬はどう過ごしているのだろうか。

 門別牧場は、日高自動車道の日高門別インターを降りて、山側に少し入ったところにある。

 地震が発生したとき、門別さんは眠っていたという。

「携帯電話の緊急地震速報のアラートが鳴るのより先に揺れが来ました。停電しましたが、断水はなく、飼料もストックがあったので、大丈夫でした」

 門別牧場には、繁殖牝馬と当歳、1歳馬、そしてデビュー前の2歳馬まで70頭ほどの馬がいる。

「幸い、馬にも人にもケガはありませんでした。建物も無事で、放牧地や、近くの道路にも地割れなどはなかったのですが、むかわや厚真の被害は深刻です。停電は地震後2日半で復旧しました。それでも、携帯電話の電波が弱くて、山の上のほうまで行かないと通じないときもありました」

 門別牧場からさらに山側へ行ったところにあるフジモトバイアリースタッドの藤本直弘さんも、地震発生時は寝ていたという。

「ものすごい揺れが来て、棚のグラスが飛び散ったりしたので跳ね起きたけど、何もできなかったですね。断水して、ポンプで地下水を汲み上げることもできなかったので、馬にやる水は実家から調達しました。門別のあたりは大丈夫だったけど、むかわは大変ですよ。今もむかわから友達が来ているんだけど、地盤がゆるんでいるから、また大きな揺れが来ると危ないので、馬を移動させているようです」

 そのむかわ町にあり、ビリーヴやスマイルジャックなどの生産者として知られる上水牧場代表の上水明さんに、発生当日、安否確認のメールをしたら、午後「停電には本当に困ってしまいます」とだけ返信があった。その簡潔さが、大変な状況を物語っているように感じられた。

 上水牧場には、繁殖牝馬35頭、当歳馬28頭、計63頭の馬がいる。

「従業員によると、夜間放牧に出していた馬たちが、地震直後、放牧地を走り回っていたそうです。今はもう落ちついています。停電は、地震2日後、9月8日の土曜日の夜8時ごろまでつづきました。水はポンプで汲み上げているのですが、ディーゼルの発電機があるので、それでポンプを動かしました。人馬ともに無事でしたが、一番古い厩舎にヒビが入ったりと、被害はありました」

 上水さんも、ニュースでたびたび映し出されているむかわの街の被災状況を見に行って驚いたという。まだ復旧には時間がかかりそうだ。

 むかわ町と同じ震度6強の揺れに襲われた安平町のノーザンファームYearlingで、今年のダービー馬ワグネリアンの母ミスアンコール(牝12歳)が夜間放牧中に骨折し、安楽死となったことが報じられた。

 同じ安平町の早来にあるノーザンファームはどうだったのか。事務局の宮本俊彦さんは、発生当日も、千歳の自宅からクルマで出勤したという。

「敷地内のアスファルトや放牧地などに部分的な亀裂が生じたところはありましたが、建物が倒壊するなどの深刻な被害はありませんでした。ただ、停電したため、水を汲み上げるポンプを動かせなくなったので、発電機が手配できるまでは、近くの川から散水車に水を溜めて持ってくるなどしていました」

 育成馬250頭と繁殖牝馬と当歳馬が310頭の計560頭という大所帯だから、作業は大変だったはずだ。手配した発電機が稼働して水を汲めるようになったのは、地震当日の夕刻だった。

「社宅なども同じ水源で、同じポンプを使っています。停電から復旧したのは、発生2日後の14時ごろでした。電気がないとウォーキングマシンを動かせないので、坂路や周回コースに損傷がないかすぐに調べ、そこで運動できるようにしました。現在、従業員はみな出社していますが、まだ通常どおりの営業という状態ではないですね。クラブのツアーが中止になったり、会員さんの見学も今月一杯はご遠慮いただくようお願いするなどしています」

 調教主任の横手裕二さんは社宅で暮らしており、やはり、地震の揺れで目が覚めた。

「ドカーンと来たばかりのときは、地震だな、という程度だったのですが、そのうちひどい揺れになり、タンスが倒れてきたり、家のなかがメチャメチャになりました。ケガはしなかったのですが、家具が通るところを塞いだりしていたので、抜け出せるようになるまでに時間がかかってしまいました」

 それでも、すぐ外に出て、牧場内の様子を見に行った。

「ほかのスタッフたちも、クルマで牧場内を走り回って確認作業をしていました。馬たちは落ちついていました。停電でウォーキングマシンなどを動かせなかったので、当日は馬を運動させることはできなかったのですが、翌日にはコースで乗り運動をしました。もうポンプで水が汲めるようになっていたので、運動のあと飲ませることも、体を洗うこともできましたから」

 当日は、横手さんを含め、物が散乱した家の片づけに追われた人が多かったようだ。

 停電中、情報は手動で充電するラジオで得て、自衛隊が用意した風呂に入りに行った人もいたという。

「家の温水器は電気を使うタイプなので、停電中はお湯が出なかったんです。だから、ぼくは水のシャワーを浴びていました。地下水なので、冷たいんですよ。さすがに家族はそうせず、親戚の家であたたかいシャワーを借りました」

 少しずつスーパーに商品が多くなるなど、復旧へと向かっていることは確かなようだ。それでも、本来の日常をとり戻したという実感を得ている人はほとんどいないように感じられた。

 心配することしかできないのが悔しいが、とにかく、まだ大きな余震が来る可能性もあるので、気をつけて過ごしてほしい。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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