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多頭数交配の行方

  • 2006年05月16日(火) 23時51分
 日高にもやっと桜前線が到来し、今ちょうど静内や浦河の桜並木は満開を迎えている。毎年、この時期になって初めて「春」らしさを実感できる。関東以西にお住まいの方々は「今ごろ、桜かよ」と感じることだろうが、北国の春は本当に遅いのである。

 今でも年配の生産者は「桜の花が咲く頃にならなければ、馬の発情が本物にはならない」などと言う。これは決して俗説ではなく、やはり春らしい陽気になれば、自然に発情の状態も良化するというわけだ。振り返ってみれば、今年の3月から4月にかけては寒い日が多く、天候は概して良くなかった。天候不順は生産者にとっては繁殖牝馬の交配などに直接影響するため、寒さは天敵である。

 ところで、競馬ファンにもよく知られるように、ここ数年の生産界は配合種牡馬の一極集中がますます顕著になってきている。まず、日高の一般的な生産者が“勝負をかける”時に、真っ先に候補に挙げるのが社台スタリオンで繋養されている種牡馬群なのである。

 GI競走における「社台系種牡馬」の割合の高さはいまさら改めて触れるまでもない。競走のグレードが上がれば上がるほど、社台色が強まってくる。そうした傾向は近年さらに著しくなってきている。

 その結果、馬主や調教師などは、ますます社台系種牡馬に注目するようになる。“消費者”のニーズに合わせた生産を心がけると、生産者もまた「売るため」には社台系種牡馬を配合せざるを得なくなる。かくして、一極集中はさらに進む。交配シーズン当初より「満口」の種牡馬が続出しているのは、社台スタリオンだけである。

 もちろんこうした傾向を歓迎している生産者は多くはあるまい。ある種の苦々しさを抱えながらも、しかし現実問題として、販売することを優先させれば、たとえ距離が離れていて遠くとも、多頭数交配のために種付け予約が簡単に取れなくとも「通わざるを得ない」のである。

 距離感は、日高の生産者でも受け止め方が一様ではない。社台スタリオンまで所要時間が1時間程度の範囲にある日高町(旧・門別町)や新冠町あたりまでならば、さほど負担には感じない。だが、日高東部の浦河や様似、えりもなどの生産者にとっては、社台は2時間以上の道のりである。往復で4時間以上。やはり遠いのだ。

 それに加えて、多頭数交配による配合申し込みの混雑がある。早朝に繁殖牝馬の直腸検査(直検)を実施して卵子の状態を確認し(獣医師が行う)、その日の交配を申し込むのが従来の一般的な形であった。だが、人気の集中する社台スタリオンでは、交配申し込みは「三日後」までずれ込むことがしばしばだという。「今日、電話して『明後日です』なんて言われるんだ。参ってしまう」とこぼす生産者は少なくない。

 かかりつけの獣医師も「今日の卵子の状態から二日後、三日後にどう変化するかを判断するんだから、どうしても無理が生じる」という。種付けは繁殖牝馬が排卵する直前に行うのが理想的だが、多頭数交配のために、その繁殖牝馬にとってもっとも望ましい状態の時に種付けすることが困難になる。年間200頭以上もの多頭数交配の弊害はこういうところに現れてくる。

 ただ、そうした一極集中を招いた原因は、社台グループ以外の生産者にもある。現状を考えると、仮に配合頭数が60頭や80頭程度に限定されてしまったら、かえって怨嗟の声が上がるだろう。おそらく、人気の高い種牡馬ほど、配合する繁殖牝馬は社台グループの牝馬の割合が高くなり、「おこぼれ」は望めない。社台スタリオン側から見れば「多頭数交配は、『お客様のため』です」ということなのかも知れない。「あなたがたが、それを望んだのでしょう?」と。

 こうした傾向はいつまで続くのか。社台への一極集中は、結果的に日高の種馬場の地盤沈下をもたらしている。「安い、近い、空いている」日高の種牡馬を配合していては売れない時代になってきているので、たとえ「遠くて高くて混んでいて」も、社台詣は当分衰える気配がないのである。

岩手の怪物トウケイニセイの生産者。 「週刊Gallop」「日経新聞」などで 連載コラムを執筆中。1955年生まれ。

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