スマートフォン版へ

「大丈夫ですよ」獣医師の言葉を信じるしかなかった──突然絶たれた愛馬の命

  • 2023年05月09日(火) 18時00分
第二のストーリー

▲西野美穂さんと愛馬トリビューン(提供:西野美穂さん)


自慢の息子! トリビューンとの日々


 元競走馬のトリビューンを、当コラム『第二のストーリー』で紹介したのは2021年2月だった。乗馬になってからのトリビューンの新しいオーナーは、株式会社大市珍味の代表取締役社長の西野美穂さんだ。

 インタビュー中に西野さんが、「人が大好きで、天真爛漫です。まるで小学生の男の子を見ているような感じですね(笑)」と、まるで自慢の息子の話をするように、トリビューンの普段の様子を教えてくれたのを昨日のことのように思い出す。

 そのトリビューンが、第二のストーリーで紹介して間をあけずにこの世を去っていたことを知ったのは、今年3月に届いた西野さんからのラインによってだった。

 当時の西野さんのTwitterには、トリビューンと西野さんが楽しそうに遊ぶ動画がアップされていた。

「いないいないばあが大好きなんですよ。飛び跳ねた後にまた戻ってきてもう1回やって! というのをエンドレスに繰り返しています(笑)。可愛いですけど、乗っていても同じような感じの動作をするので、怖い時もありますよ(笑)」

第二のストーリー

▲トリビューンとコミニュケーションを取る西野さん(提供:西野美穂さん)


 トリビューンの様子を嬉しそうに説明する西野さんの弾んだ声が印象的だった。西野さんは小学生の頃から乗馬に親しんできたが、馬が人と遊ぶというイメージは全く持っていなかったが、それを大きく変えてくれたのがトリビューンだった。それだけに西野さんの喪失感の大きさを想像しただけで、胸が痛くなる。

 動画のシーンを思い返して、あんなに元気だった馬がもうこの世にはいないのが信じられなかった。西野さんによると死因は「医療過誤」によるもので、トリビューンだけではなく、他の馬にも起こり得る可能性があるので、多くの人に知ってもらいたいと筆者に連絡が来たのだった。

 2011年2月16日に北海道日高町のダーレー・ジャパン・ファームで、トリビューンは誕生した。父コマンズ、母トリプルピルエット、その父がサンデーサイレンスという血統で、栗東の野中賢二厩舎の管理馬として9戦1勝の成績を残して2015年11月22日のレースを最後に引退。ダーレー・ジャパンで行っている、それぞれの馬に合ったセカンドキャリアへと繋ぐ“リホーミングプログラム”を経て、西野さんが通う奈良県の新庄乗馬クラブに乗馬としてやってきた。

 人が大好きで、好奇心旺盛。人間側が要望していることを「なーに?」と聞こうとする姿勢が可愛くて、西野さんはオーナーになった。

 西野さんは、新庄乗馬クラブの経営者夫婦と相談し、全日本障害馬術大会(以後、全日本)出場を目標に定めてプランを立て、乗馬、障害馬として調教を始めた。競技会デビューは2017年。テンションが高めになり集中力を欠く面は見られたが、障害飛越には前向さがあり、競技馬としての高い資質を感じさせた。

第二のストーリー

▲目標だった全日本障害馬術大会に出場したトリビューン(提供:西野美穂さん)


 それからは数々の競技会を経験し、2020年、ついに全日本の切符を掴み出場を果たした。予選を通過できず結果は伴わなかったが、全日本出場という最初の目標は見事にクリアした。と同時に課題も見えてきて、さらに競技馬としてステップアップしようとした時に、トリビューンの命は突然断たれてしまった。

何も気づけず、何も手を打てず…


 2021年4月。とある地方で行われた日本馬術連盟の公認競技会にトリビューンは遠征していた。

「日本馬術連盟の公認競技会には獣医師がその場にいる決まりになっているのですけど、その時に派遣された獣医師は馬専門ではなく牛の獣医さんだったんです」

 これがトリビューンの運命を分けた。

「トリビューンが熱発をして調子が悪そうだったので、オフィシャルに相談して獣医に診てもらいました。それで補液(※点滴)をすることになりました」

 獣医師は補液をするための針を馬の頸筋に射した。

「その時に針を直角に射したように見えました」

 獣医師の診察に立ち会ったそれまでの経験では目にしたことのない角度での針の射し方に感じた西野さんは「大丈夫ですか」と口に出したが、獣医師は「大丈夫です」と返答したという。針はなかなかうまく入らず、獣医師は数度に渡って射していたが、補液自体は何とか終わった。

 補液からおよそ5時間後に、トリビューンは馬房で倒れて息を引き取った。

「何も気づけず、何も手を打てずという状況でした」

 亡くなった状態から、死因は動脈損傷と考えられた。

「私もその場にいた乗馬クラブの人たちも馬歴は長いですけど、動脈を傷つけたらどうなるかという知識はなかったですし、傷つけたとわかった時に1番最初に何をしなければいけないかもわかりませんでしたから、その場にいた獣医師の『大丈夫ですよ』という言葉を信じるしかありませんでした」

(つづく)

このコラムをお気に入り登録する

このコラムをお気に入り登録する

お気に入り登録済み

北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。

バックナンバー

新着コラム

アクセスランキング

注目数ランキング