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【キングジョージ】ゴール前の攻防を演出した2人の騎手に“ステッキ過剰使用”で騎乗停止処分

  • 2023年08月16日(水) 12時00分

G1レースでのステッキ過剰使用で約187万円の罰金


 ヨーロッパの各国を中心に厳格化しつつある騎手によるステッキの使用制限が、この夏、大きな議論の的となっている。

 物議を呼ぶことになった直接的なきっかけは、7月29日にアスコット競馬場で行われた12F路線の頂上決戦G1キングジョージ6世&クイーンエリザベスS(芝11F211y)で、1、2着となった馬に騎乗していた騎手に、重い制裁が科されたことだった。

 今年のキングジョージ6世&クイーンエリザベスSは、3歳から6歳まで各世代の精鋭が集結し、早くも「Race of the season (今季最高のレース)」確定と言われる至高の戦いとなった。そんな中、ゴール前で抜け出したのは6歳世代のフクム(牡6、父シーザスターズ)と4歳世代のウエストオーバー(牡4、フランケル)で、2頭が火の出るようなせめぎ合いを見せた後、フクムが頭差で勝利を収めている。前評判にたがわぬ素晴らしいファイトだったというのが、関係者・ファンがこぞって持った印象だった。

 だが、レースから3日が経った8月1日、統轄団体のBHAは、フクムの手綱をとったジム・クロウリー騎手に対し、20日間の騎乗停止と、1万ポンド(約187万円)の罰金を課すと発表したのである。理由はステッキの過剰使用のため。英国では現在、騎手が1レースの間に使用できるステッキの回数が6回までと規定されている中、クロウリーはこれを3回上回る9回使用していた。

 この騎乗停止処分により、クロウリーはヨークのイボア開催(8月23日〜26日)での騎乗が不可能になり、G1英インターナショナルS(芝10F56y)に有力馬として出走するお手馬モスターダフ(牡5、父フランケル)も乗り替わりとなる。

 またBHAは同日、キングジョージ6世&クイーンエリザベスSで2着となったウエストオーバーに騎乗していたロブ・ホーンビー騎手にも、4日間の騎乗停止を申し渡している。ホーンビーは同競走で、ステッキを7回使用。1回の過剰使用は通常なら、8日間の騎乗停止なのだが、ホーンビー騎手は直近の200レースで過剰使用を一度も犯していなかったため、予め定められた特別ルールによって、4日間の騎乗停止に減刑されている。

 厳しい裁定を出した背景について、BHAのスポークスマンは「ことにクロウリー騎手のゴール前の騎乗には、情状酌量の余地がほとんどない。この制裁は、競馬の存在意義を守るために必要なことだ。接戦だったとしても、考え方は変わらない」とコメントしている。

 前述したように、今年初めに導入された新ルールによれば、騎手が認められるステッキの使用回数は、1レース6回まで。一般戦においては、1回の過剰使用で騎乗停止が4日、2回の過剰使用で7日、3回の過剰使用で10日、4回の過剰使用で14日。ただし、クラス1、クラス2という上級レース(キングジョージ6世&クイーンエリザベスSはこれに相当する)では、こうした罰則が2倍となる。さらに、4回以上の過剰使用は、失格の対象となりうると規定されている。

 これに照らし合わせれば、クロウリーへの騎乗停止期間は、確かに20日となる。

 これに対し、あれだけ素晴らしいゴール前の攻防を演出した二人の騎手が、称賛されこそすれ、重い制裁を受けるのは納得できないという声が、関係者やファンから広く沸き上がった。

 例えば、裁定が下るや真っ先に異議を表明したのが、フクムを所有するシャドウェルのレーシングマネージャーを務めるアンガス・ゴールド氏だった。

「キングジョージは、誰もが認める素晴らしいレースでした」。

「2頭のトップクラスの競走馬と、2人の卓越した技術を持つ騎手が、全力を尽くしたのです。これぞ競馬、というレースを見せてくれました」。

「現行のルールは、競馬から情熱を奪うことになりかねません」。

 新ルールが今年導入されたことで、騎乗機会を失うことになったトップジョッキーは、キングジョージにおけるクロウリーとホーンビーだけではない。6月に開催されたロイヤルアスコットでも、L.デットーリ、O.マーフィーというリーディングジョッキー経験者が、ステッキの過剰使用で騎乗停止処分を受けている。

 実を言えば、ステッキの使用規制が論争の的となるのは、今回が初めてではない。英国でステッキの使用に制限が導入されたのは1988年だったが、それ以来、同様の論争が幾度となく起きているのだ。例えば、1996年の3歳3冠最終戦のG1英セントレジャー(芝14F115y)。英ダービー2着馬で、直前のG2グレートヴォルティジュールS(芝11F195y)を勝っての参戦だったダシヤンターと、ダービー3着馬で、ウインザーの一般戦(芝11F99y)を勝っての参戦だったシャントゥの2頭が、ゴール前の200mにわたって壮絶な攻防を見せた末に、シャントゥが首差先着して優勝を飾った。レース後、ドンカスターの裁決委員は、死力を尽くした追い比べを見せたL.デットーリ、パット・エデリーの両騎手に、ステッキの過剰使用で騎乗停止処分を申し渡したのだが、これが、関係者、メディア、ファンを巻き込んだ大論争に発展している。

 動物愛護、馬の福祉というのは、競馬における極めて重要なファクターである。そしてそれは、時代とともに、一層敏感なものとなっていることも間違いない。したがって、ステッキの使用制限がルールとして存在することは当然なのだが、これを杓子定規に運用することが是か非か、答えの出づらい論争は今後も続くことになりそうである。

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1959年(昭和34年)東京に生まれ。父親が競馬ファンで、週末の午後は必ず茶の間のテレビが競馬中継を映す家庭で育つ。1982年(昭和57年)大学を卒業しテレビ東京に入社。営業局勤務を経てスポーツ局に異動し競馬中継の製作に携わり、1988年(昭和63年)テレビ東京を退社。その後イギリスにて海外競馬に学ぶ日々を過ごし、同年、日本国外の競馬関連業務を行う有限会社「リージェント」を設立。同時期にテレビ・新聞などで解説を始め現在に至る。

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