スマートフォン版へ

「草競馬の聖地・道東」その2

  • 2006年09月05日(火) 23時51分
 一日33レースをこなす草競馬は、おそらく日本広しといえども、ここ中標津だけだろう。予定通り、午前10時に第1Rがスタートした。

繋駕レース

 第1Rは「1歳馬、雌」(250kg)とだけある。つまり、ばんえいのレースなのだ。橇に積載される錘の重量が250kgということなのだろう。1歳牝馬による限定レースで、この予選を経て、第16、17Rの「決勝」へと駒を進めるようだ。なお、16、17Rとて午前中である。お昼休みは第18Rが終了した後のこと。とにかく33レースもあるのだから感覚が狂ってしまう。

 レース名は、かなり素っ気ない。この「1歳馬、雌」や「1歳馬、雄」などの他、ばんえいの場合は、「特流馬」「一流馬」「二流馬」「三流馬」というクラス分けがしてあり、700kg、650kg、600kg、550kgというようにそれぞれ錘の重量が異なる。レース名も、そのまま「特流馬」「三流馬」などと付けられている。

 それ以外に、第31R「軽重量」(750kg)、最終第33Rには「重量馬」(900kg)というレースも組まれていて、賞金は各3万円と最高である。負担重量から言っても、これらはもっとも注目されるレースなのだろうが、見ている限りでは、前記「特流馬」〜「三流馬」に振り分けられたクラス別レースとの関連性がついに理解できなかった。

 ばんえい部門でもう一つ驚いたのは「ポニー輓馬」が盛んであること。橇も小さく重量も軽い(錘は20kg〜100kg)ため、ばんえい特有の障害(坂)で立ち止まって息を整えてから再度チャレンジするような場面はほとんどなく、犬橇レース並みのスピードである。

ポニー輓馬

 ポニー輓馬はAからCまで体高によって3クラスに分類されており、全部で30頭ほどのエントリーがあった。なぜポニーなのか? を説明するのは難しいのだが、要するに、年齢的にも体力的にも大型馬を飼い切れなくなったばんえい競馬愛好家が、比較的飼育や調教が容易なポニーに鞍替えしたということらしい。

 近年はポニー輓馬が盛んになり、道内各地でポニー草輓馬大会が開催されているという。ちなみに今週末の9月10日は、富良野市で大会があるらしい。

 ところで周回のダートコースでは、トロッターによる繋駕や速歩レースも愛好家たちによってそれぞれ3レースずつ組まれている。かつては地方競馬で盛んに行なわれていた繋駕だが、今ではたぶん見たことのない人がほとんどだろう。繋駕に出場している騎手は年配者がほとんどで、この種の“技術”を若い世代に伝承するのは今しかない、とふと思った。

新田敏和氏

 繋駕、速歩に限らず、ばんえいもまた平均年齢が高い。普通の平地レースに出場する騎手が総じて若いのに比べて(浦河より遠征した私たちは全員小中高の10代ばかり)、年配者の姿が目立った。その中の一人、ポニー輓馬歴10数年のキャリアを持つ新田敏和さん(56歳)は、オホーツク海に面した紋別市にてガラス店を営む自営業者だが、「私なんかまだ若造の部類だ」という。新田さんは「都合がつく限り、ポニーを連れて道内どこへでも遠征する」らしい。10日は富良野市、そしてその翌週17日は別海町にて草競馬が開催されるので、どちらも参加する予定とのこと。

 いったい何が彼らを駆り立てるのか。私たち日高の人間は競馬関連の仕事の延長戦上に草競馬出場があり、その意味では純粋な趣味とまでは言い難いのだが、新田さんのようにまったく別の本業を持ちながら、ポニーとともに草競馬を転戦するのは相当なエネルギーを必要とする。「好きだからやっているだけ」とは言うものの、その原動力がどこから来ているのかを知りたいと思う。

中標津ポニーレース 中標津軽種レース

 さてこの中標津競馬では33レースをこなす中で、様々なハプニングがあった。ゴールインした途端に心臓麻痺で昇天した馬もいれば、斜行(ポニー輓馬にはとても多い)が原因で騎手同士が殴り合いの喧嘩を演じたこともあった。スターターと馬止めのロープを持つ係の呼吸が合わずに不成立になったレースもあったし、まさしく何でもありの一日だった。ばんえいコースと周回のダートコースとで同時にレースが行なわれている時間帯もあり、観客の立場で見ていると、目移りしてくるほどだ。33レースをこなすため、実況の女性アナはほとんど神業のような仕事ぶりで一日中喋り通しだった。レースの順番が変更されるのは日常茶飯事で、ばんえいコースのハプニングのため、この日の全レースが終了したのは午後5時半。それから帰り支度をし、浦河まで延々6時間も車を走らせ、帰宅はついに午前様となった。疲労困憊したが、それでも不思議にまた行きたくなる競馬場である。ここには「おらが馬」を自慢する昔気質の馬道楽が集まり、独特の熱気を醸し出している。ぜひ一度、ご覧いただきたい草競馬である。

実況アナ.jpg

岩手の怪物トウケイニセイの生産者。 「週刊Gallop」「日経新聞」などで 連載コラムを執筆中。1955年生まれ。

バックナンバー

新着コラム

アクセスランキング

注目数ランキング