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北海道乗用馬市場

  • 2006年10月03日(火) 23時49分
 去る9月26日、釧路市大楽毛(おたのしけ、と読む)にある、ホクレン釧路地区家畜市場にて「平成18年度北海道乗用馬市場」が開催された。軽種馬の世界と異なり、乗用馬は、生産分布が主として道東地方に広がっている。この市場の主催者は「根釧(根室と釧路)乗用馬生産育成振興会」と「十勝乗用馬生産振興会」の二団体。たぶん乗用馬の生産者や育成者などで結成する団体名であろうが、生産戸数や生産頭数などは詳らかではない。

 この日、上場されたのは全部で27頭の乗用馬である。名簿上は30頭を数えたが、当日に至り3頭の欠場が出た。

 A4版の上場馬名簿は、全頭写真入りの立派なものだ。馬名、品種(ウエストファーレンやハーフリンガー、アパルーサなど)、性別、毛色、生年月日、体高がページの上部に記され、真ん中に写真、そして下半分に血統表、所有者(生産者)、最後に「馴致・調教の状況」が記載されている。

 午前10時に「引馬展示」が開始された。この展示というのは、軽種馬市場と異なり、一頭ずつ柵の中に入れて自由に走らせることをいう。乗用馬と言っても用途は様々で、馬術競技会を目指して障害飛越などを行なう馬から、観光地で人を乗せて歩くような馬まで、まちまちである。ここでは主として乗馬クラブなどが顧客のニーズに合わせて、初心者用から競技用までの多様なレベルの乗用馬を仕入れるために訪れてきていた。

 「今年は馬を厳選した」という主催者側のコメントを伝え聞いたが、全馬が鞍をつけ、人を乗せることができる。体高は小さな馬で140cm、大きい馬で170cmもある。展示は各馬が番号順にエリアに登場し、走りと飛越を披露する。飛越の得意な馬は130cm程度までの障害をこなす。それを購買者が一頭ずつ丹念にチェックし、午後のセリの参考にするのだ。

障害を飛越する上場馬

 27頭の展示が終了した後は、希望する馬に実際に騎乗できる時間帯もある。実際に乗り心地を確かめ、名簿に記載されているような馴致と調教が施されているかを確認できるのである。この場合、飛越能力もさることながら、むしろ騎乗者にどれだけ従順かということも大きなポイントなのだという。

実際に騎乗して乗り心地を確かめる

 乗馬クラブに実際飼育されている乗用馬は、多くが元競走馬である。しかし、どうしても軽種馬の場合には、神経質な面がネックになることが多いらしく、とりわけ初心者などには温順な性格の乗用馬が求められるのだそうだ。

 それらの代表的な血統が、前述のウェストファーレンやハーフリンガーなどという品種なのだが、この市場の上場馬の中には、軽種馬の混血もずいぶん散見できた。2番「ギニョール」という馬の母は、アングロアラブの母馬にギャロップダイナを父に持つ。またその次の3番「ラック」は母がサラブレッド(その父テリオス)になっていた。また上場馬の父親欄にいきなり「クリスザブレイヴ」(父ノーザンテースト)や「ニチドウアラシ」などという名前のある馬もいて、想像以上に軽種の混血が進んでいる印象なのだ。なお、さすがに「元競走馬そのもの」は一頭もいなかったが。

 午後1時よりせりが始まった。鑑定人がいて、一頭ずつ引かれてきた馬がセールリンクを周回するのはかつての日高の軽種馬市場と同じである。ただ、ここは普段、牛の市場が開催される施設のため、真ん中には牛を繋ぎ止める鉄製の棒(太さは直径10cm以上、高さは1mほどもあろうか)が埋め込まれている。その無機質な鉄棒を何とか隠すため、市場主催者は朝から花などで飾りつけに悪戦苦闘していた。

装飾されたセールリンク

 セリは「リザーブ制」を導入している。つまり「スタート価格」と「希望最低価格」と二重構造になっており、鑑定人が50万円からせりを開始した場合でも、最低希望価格が80万円に設定されていれば、そこまでは購買者と販売申込者とが掛け合いで競り合う。そして、仮に60万円や70万円あたりで購買者がセリ上げるのを止めた場合には、「主取り」になるのである。

 軽種馬市場でも、セレクトセールなどはこの方法を導入しており、特別違和感があるわけではないが、釧路の場合には、あまりにも会場が狭く、ほとんど顔を覚えられる程度の人数でセリが進行して行くため、購買者と販売申込者とが指呼の距離で対峙することになる。お互いこれはやりにくかろう、と思わぬでもなかった。

 なお、価格は50万円から100万円程度が大半で、この日の最高価格は120万円。JRA日本中央競馬会が購買した。聞くところによれば、JRAは毎回この市場に参加し、乗用馬を購入している由。また惜しむらくは、売却率の低さである。リザーブ制の導入と大きく関るのだが、購買者が競りかけた馬でも希望価格に到達しなければ主取りになる、というシステムが全体に徹底していなかったために、「いったいいくら欲しいんだ」と声を荒げる購買者がいたのも事実だ。せっかく声がかかっていながら主取りになったケースも多く、それが全体の売却率の伸び悩みの原因にもなった。

 もちろん、生産者としては価格の問題は最大の関心事である。安く買いたい購買者と、高く売りたい生産者。この間を取り持つのが鑑定人の仕事だが、元々相場は50万円から100万円程度。さらにそれを上昇させるためには相応の付加価値をつけることが求められるわけだが、果たして乗用馬生産者がそこまで手間暇をかけられるかという問題も浮上してくる。もちろん技術的な問題も大きい。どうも現状では、他の農業との複合経営でなければ乗用馬生産を生業にすることはかなり難しそうだ。

 もちろん軽種馬に特化している日高で乗用馬生産を行なっている牧場は寡聞にして知らず、市場も開催されてはいない。余談ながら、日本では、岩手県遠野市にても、乗用馬市場が開催されているそうな。レベルはそちらの方がかなり高いとも聞く。今年は10月22日に開催されるようである。

 追記 当コラム執筆にあたっては、ご自身も大学時代馬術部に在籍し乗用馬の世界に大変詳しいアナウンサー北野あづさ女史から、多くのご教示をいただいた。改めて感謝申し上げる次第です。

岩手の怪物トウケイニセイの生産者。 「週刊Gallop」「日経新聞」などで 連載コラムを執筆中。1955年生まれ。

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