北京オリンピックのお祭り騒ぎが一段落したのもつかの間。日本列島はスポーツの秋を迎えました。日本は、実に様々なスポーツが、なんだかんだ言いながら世界的に見てもソコソコのレベルにある、とても珍しい国だと思います。人の数では中国やインド、アメリカに遠く及ばないにもかかわらず、です。大したもんじゃないですか。それぞれの競技で活躍されている日本のプレーヤーのみなさんには、あらためて頭が下がる思いがします。
頭が下がる、と言えば、外国から入ってきたスポーツの用語を日本語に訳した昔の人たちにも恐れ入ります。それをいちばん感じさせるのは、なんと言っても野球用語でしょう。ベースボールを野球と訳したのは、中馬庚という東京第一高等中学(後の東京大学)の学生サン。「フィールド(野原)で行う球の競技」で野球。ベースは塁と訳されたのに、塁球とはなりませんでした。ピッチャーは投手、キャッチャーは捕手でも、バッターは打手ではなく打者でランナーは走者。このへんの使い分けはなんとも絶妙です。そうそう、フライを飛球としたのにグラウンダーはゴロにしちゃえ、なんてねぇ(たぶん、語感とゴロゴロ転がるというのを引っ掛けたんでしょうが)。バットとグローブ、キャッチャーミットなどを無理やり翻訳しなかったのも、“いい加減”の素晴らしさ(翻訳したけど定着しなかったのかもしれませんが)。まぁとにかく、野球でそういう言葉を数え上げたらキリがないくらいです。
競馬はどうでしょう? 近代競馬=ホースレーシングが日本にもたらされたのは幕末から明治にかけて。でも、京都・上賀茂神社の「競馬会(くらべうまえ)」のように、馬を走らせて競わせる催しというのは、それ以前にも古くから行われていました。ですから、新たにホースレーシングの訳を考えなくても、もともとあった日本語を当てはめればよかったわけです。
競馬には、野球用語のような絶妙の訳語よりも、「誰が言ったか知らないが、言われてみれば確かにふさわしい」独特の用語があります。本命もその一つ。もともとは「生まれた年の干支」のこと。陰陽道で、自分の運命を決定づける星という意味の言葉だそうです。これを、他の人に勧める軸馬、英語のトップセレクションという意味で使い始めた人って、いいセンスしてますよね。ちなみに、英語では1番人気馬のことをフェイバリットホースと言いますが、これはあくまで大勢の人にとっての“お気に入り”。多くの人に馬券を買ってもらって“フェイバリット”になるわけです。自分にとっての本命馬、意中の馬は、マイ・フェイバリットホース。本命という言葉は、これらの英語を渾然一体とさせているような気もします。
穴馬という言葉もいいですね。穴馬は、大勢の人が考えている結末に“風穴”を空ける馬ですし、そういう“落とし穴”はどこに潜んでいるかわかりません。でも、そんな馬ばかり狙っていると、財布に大きな“穴”が開いちゃうかも。穴馬という言葉は、そんなふうに話を広げることができます。穴馬と同じ意味の英語、ダークホースのダークには、“陰”とか“闇”といったイメージがあって、少々うさんくさい感じがしますが、穴馬という言葉には可愛げがあると思いませんか?
今はほとんど使われなくなりましたが、三分三厘という言葉もあります。これは「3〜4コーナーの中間付近の勝負どころ」という意味。JRAの競馬用語辞典によれば「ゴールまで660m地点、600m地点、あるいは、ゴールまでの距離が全距離の約3分の1の地点とさまざまな説がある」とのことです。そう言えば、理想的な競走馬の走りを「テンよし、中よし、終いよし」と言いますね。ここでも、レースを序盤、中盤、終盤の3つに分けてとらえています。馬場を1周するのが基本的なレースだとすれば、終盤の3分の1は、まさに3〜4コーナーの中間付近あたりからゴールまでの部分。三分三厘という言葉を最初に使った人は、そういうイメージを伝えたかったはずです。なかなか味わいのある表現だと思うのですが。
日本語にうまく翻訳された野球用語にしても、もともとあった日本語から転用された競馬用語にしても、いかにもピッタリだから、われわれが今さら別の言葉を作り出す必要もなく、当たり前に使えるわけです。そういう言葉を最初に考えた昔の方々に、この場を借りてあらためて御礼申し上げます。
さて、なかなか思い通りに走ってくれないのが私の本命馬。セントライト記念も難解で頭の痛いところですが、ダイバーシティに頑張ってもらいましょう。ではまた!
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