閻魔、落武者、鬼瓦……。ゴリラ、ナマハゲ、大魔神……。子供のころから、ろくなあだ名をつけられたことがない。
――まあ、それも仕方がないか。
と、徳田伊次郎(とくだ いじろう)は、鏡を見てため息をついた。いつも50歳ぐらいに見られるが、まだ32歳である。
あっかんべえをして白目を写す。あった。抜けた睫毛が角膜の上で泳いでいる。痛いわけだ。
こんな小さな毛一本で涙を流す自分のどこが宇宙の帝王ゴアだ、どこが獅子舞だと思うのだが、傍目にはそう映るのだから仕方がない。
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ここは、南関東のとある競馬場の厩舎。
「今の従業員を使って、勝てる厩舎にしてほしい」
そう言い遺して急死した父の後を継いだ“顔面調教師”こと徳田伊次郎。
しかし、この厩舎は典型的な三流。自分は営業に不向きな上に、従業員たちは食うために仕方なく働いている。もちろん成績が上がるはずもなく…。まさに「ダメ厩舎」なのだ。
そんな顔面調教師が、ある時自身の出自の秘密を知る。訪れるいくつかの「変化」をきっかけに、馬づくりや人づくりの醍醐味を感じ始めていく顔面調教師の奮闘ぶりを描いた物語。
馬事文化賞作家の島田明宏氏が手掛ける『連載小説 顔面調教師』は、2/16から毎週月曜の18時公開です。ご期待ください。