中舘英二調教師
中舘英二調教師「何が出来るんだって考えた結果の“逃げの中舘”だから。本当は追い込みの方が好きだし(笑)」
赤見:調教師免許合格おめでとうございます! 今どんなお気持ちですか?
中舘:緊張してます。まだやったことない、未知の世界なので。合格の知らせを聞いた時は、これで調教師になるんだなというのと、乗り役終わりなんだなという感じでちょっと複雑でした。長く騎手をさせてもらったので、単純に嬉しいだけでもなかったですね。
赤見:調教師試験を受ける決断をしたのはいつ頃だったんですか?
中舘:本当はもっと早く受けたかったんですよ。もともと自分が技術的に上手いと思っていないから、年齢もあってずっと騎手を続けて行くのはちょっと無理だなっていうのも少しずつ思ってました。でもなんとなく成績も良かったりして続けてたんですけど、ケガしたのもあるし、ずっとマネージャーやってくれてた方が亡くなったりもしたし、ここがタイミングなのかな、そういう時期なんだなと思いました。人生論者じゃないけど、そういう季節があるんだなと。本当は1回しか受けるつもりなかったんだけど、1回落ちた時に辞めちゃいけないみたいな雰囲気になって。もう1回だけ受けよう、やるんだったら中途半端にしないで競馬休んでしっかり勉強しよう、という感じでね、後悔しないようにしようと思いました。合格して勉強から解放されたのは素直に嬉しいです(笑)。
赤見:騎手引退の日はいかがでした?
中舘:自分が思ってた以上に応援されてたんだなって。自分はたいした乗り役じゃないって思ってたけど、たくさんの方が見ててくれたんだなって感じました。ちょっとね、感極まった場面もありましたよ。競馬自体より、パドック回ってる時に、こんなに応援されてたんだなって思うとウルウルしちゃって…。本当に有難かったですね。
引退式後に騎手仲間から胴上げされる中舘英二調教師(撮影:下野 雄規)
赤見:引退式の挨拶では、「逃げの極意はまだ若い人に教えられない」って言ってましたね。
中舘:まぁ、逃げっていうのは感覚的なものだから。それでも伝えて行かなきゃいけないって思うんですけど、時代が違うから一緒じゃない部分もあって。難しいですね。今の子はハナに行っても結局リズムで乗らないで、1、2コーナースローにして逃げようとするタイプが多いから。逃げっていうのはそうじゃないんだけど、これはもう見解の相違ですね。僕の意見を言うと、「そんなことやったら4コーナーでバテちゃう」って言われるけど、結局大事なのはリズムなんですよ。どこのポジションでもそうだけど、リズムよく運べるかどうかがポイントなんです。ハナ行って競られることもリスクだけど、後ろから行けば詰まるリスクがあるでしょ。どちらもリスクがある中で、そのリスクを回避した時にどれだけ自分の馬を知ってて、その馬の上がりをまとめるかっていうね。だってハイペースで逃げても、自分が苦しい時は相手も苦しいんだから。ついて来られないんだから。ハイペースで逃げてる馬に、鈴付けに動く人は怖いんだから。とにかく自分の馬を知らないとですね。最後にどれだけの脚が残ってるかが分かっていれば、スローに落とす必要はないんですよ。こういうのは、自分の体で覚えて行くしかないんですけど。
赤見:さすが逃げの中舘ですね!
中舘:逃げの中舘っていうのは、良くもあり悪くもありですね。後ろから行く馬は乗せられないなって言われたこともあるし。自分はノリ(横山典弘騎手)や(田中)勝春とは違うから、あの人たちと同じ土俵で勝負しても敵わないなって思って、じゃあ何が出来るんだって考えた結果の“逃げの中舘”だから。本当は追い込みの方が好きだし(笑)。でも、そういう看板があると、自分の技術的なものよりも評価してもらって、いい馬に乗せてもらえる。そういう環境を作れたことは良かったですね。
赤見:ノリさんや勝春さんは意識しますか?
中舘:意識というか、ノリや勝春は僕から言えば天才系なんですよ。あんな風に野性的な勘は持ってないから。こないだノリがダノンジェラートで勝った時(2月22日東京10Rアメジストステークス)も、自分だったらどうしたかなって考えてみるけど、ああいう風には乗れないだろうね。さすがだなって思いますよ。一瞬の力を持ってるんです。これはもう感覚的なものだけど。あそこで何で行かなかったの?って聞いたら、多分「なんとなく」って言うと思いますよ。実際なんとなくなんだけど、でもそのなんとなくが自分には出来ない。だからこそ、逃げという一つのものを極めて行く道を選択する形になったんですけどね。
横山典弘騎手のことを「僕から言えば天才系なんですよ」と語る中舘英二調教師(写真は2013年1月5日 フェアプレー賞授賞式 (C)netkeiba.com)
赤見:“逃げの中舘”が定着した福島競馬からは、「福島競馬記者クラブ特別賞」が贈られるそうですね。
中舘:福島は大好きな競馬場なので、すごく嬉しいです。辛い災害もあったけれど、本当に温かく応援していただいたし、よく競馬も勝たせてもらいました。代名詞を付けてもらったのも福島ですからね。ちょうど時代の変わり目で、増沢(末夫)さんの後で同じように逃げで勝たせてもらって。まぁ、ずいぶんと過大評価の人気にもなりましたけどね(笑)。たくさんの想い出がある場所です。今度は調教師として結果を出せたら嬉しいです。
中舘英二調教師「ファンの人にもスタッフにも愛される馬を育てたいです」
赤見:いよいよ3月1日から調教師ですね。
中舘:これからは馬を下から見るわけで、乗り役の感覚と調教師の感覚はまるっきり違う中で、どれだけ自分の能力を出せるかはわからないですけど。今まで自分が、「この調教師何言ってんの?」って思ってたことを今度は自分が言ってしまう可能性はありますよね。そこは不安です…。立場が変わると考え方も変わっちゃうし、馬主さんとの付き合いもありますから。そこがこれからの課題になって来ると思います。馬主さんとコミュニケーションとって、馬の状態のいい時に使えるように。それが一番でしょう。今までは自分が頑張ればよかったけど、今度はスタッフに頑張ってもらう立場だから。数々の有名騎手が調教師になって結果を出せないのはそこでしょう。人に技術を発揮してもらわなきゃいけない立場になるから、スタッフと話し合って作り上げて行きたいですね。
最後の騎乗馬となったサウスリュウセイ (撮影:下野 雄規)
赤見:なんとなく、中舘厩舎の馬だとみんなスタート上手い、みたいなイメージですよね。
中舘:よくそう言われるけど(笑)、そんな単純じゃないから! 今はまず1つ勝つことですよね。本当に1つ勝てるのか不安でしょうがないですよ。そんな甘い世界じゃないのはわかってるから。頑張って上のクラスに行けるような馬を育てたいですよね。ファンの人にもスタッフにも愛される馬を育てたいです。