▲ゴールドアグリとムラセファームの村瀬一敏さん
(つづき)
アグリが鳴くと他の馬も鳴き出すんです
美浦トレーニングセンターにほど近い育成牧場のムラセファームには、2006年の新潟2歳S(GIII)を制したゴールドアグリ(牡11)もシンゲン(牡12)とともに余生を送っている。
2002年の日本ダービー馬タニノギムレットの初年度産駒として、ゴールドアグリは2004年3月11日に北海道千歳市の社台ファームで生まれた。美浦の戸田博文厩舎から、2006年夏の新潟競馬でデビュー。顔には大きな作、4本の脚にはソックスを履いた派手な容姿で、横山典弘騎手を背に新潟競馬場の直線を力強く駆け抜けて初戦を飾った。
2戦目は新潟2歳チャンピオンを決める新潟2歳S。安藤勝己騎手が手綱を取ったゴールドアグリは、道中中団よりやや後ろからレースを進めた。内の荒れた馬場を嫌った各馬が直線では外に進路を取る。安藤勝己騎手のムチに応えて差し脚を伸ばしてきたゴールドアグリは、前を行くマイネルーチェと鼻面を合わせる形でゴールを目指していたが、ターフに伸びたスタンドの影に驚いたゴールドアグリが、その影を跨ぐようにジャンプした。それでも差し脚は衰えることなく、ゴールではハナの差、マイネルーチェより前に出ていた。
▲新潟2歳S優勝時のゴールドアグリ、マイネルーチェとの追い比べを制した(撮影:下野雄規)
新潟2歳の覇者となって一躍クラシック候補となったゴールドアグリだが、京王杯2歳S(GII)でマイネルレーニアの4着と敗れた後は不振が続くことになる。3歳時は父同様、日本ダービーにも駒を進めるも、17着。同じタニノギムレット産駒で牝馬として64年振りにダービー馬となったウオッカから1秒6差離されてのゴールだった。
4歳の夏に1000万下に2階級クラスが下がり、休養を挟みながら現役を続けた。6歳時に朝日岳特別(1000万下)に勝ち、7歳時に1600万下のアクアマリンSで勝利したものの、2歳時の輝きを取り戻すことなく、2012年12月15日に競走馬登録が抹消された。
印象的な派手な容姿のまま、ゴールドアグリはムラセファームにいた。馬房はシンゲンの隣だ。ムラセファームの村瀬一敏さんによると、この2頭は「お互い我関せず」だという。
馬房の扉が開けられた時には、アグリはまだお食事中だった。村瀬さんの手に無口と引き手があるのに気付いたのか、促されても飼い葉桶からなかなか顔を上げようとしない。お食事中に申し訳ないと思いながらも、無口を着けられてなるものかと、必死に抵抗する姿が面白い。
渋々といった様子で馬房から放牧地へと移動したアグリだが、歩き出してしまえば激しく抵抗したり、怒ったりしないあたり、人間に対して根は素直な馬のように思えた。走路が見下ろせる放牧地から後輩たちのトレーニングを監視するのが日課となっているシンゲンとは違い、アグリの場合は他の馬たちが視界に入るとうるさいため、走路が見えない場所に放牧されている。
威圧感たっぷりのシンゲンと比べると、その馬体はひと回りほどこぢんまりとしている。調べてみるとアグリの現役時代の馬体重は500キロ前後。シンゲンも500キロ前後だ。それを考えると2頭とも同じくらいの大きさのはずなのだが、骨格や筋肉の付き方、そして性格など、数字だけではわからない何かがきっとあるのだろう。
放牧されたアグリは、かなり落ち着きがない。放牧場をウロウロしたかと思えば、人間に向かって頭をブンブン振ってアピールする。
「さっきご飯を食べて満腹に近いからこんな感じですけど、普段はもっとうるさいですよ。その辺を蹴っ飛ばして穴を開けたりします(笑)」
村瀬さんのこの説明からすると食事後のこの時はまだ動きは鈍いということらしいが、目の前のアグリは十二分に賑やかだ。同じウロウロでもシンゲンは、周囲に威厳を示すかのような態度だったが、アグリの方はせわしないという表現がピッタリだ。しかも顔の作が左右均等ではなくて、間違って絵具を塗ってしまったかのように右にハミ出ているから、落ち着きないながらも愛嬌たっぷり。憎めないその姿は、タレントの柳沢慎吾と若干ダブって見えた。
シンゲンと同じように、アグリにも時折スタッフが乗っている。
「ビービー鳴いてうるさいんですよ。アグリが鳴くと、他の馬もつられて鳴き出すという…。1頭だと寂しいのでしょうねえ。あれはまだお子ちゃまです(笑)。11歳になるのにねえ」
そんなお子ちゃまアグリを、村瀬さんは「アグ」と呼んでいる。
「アグもシンゲンみたいに噛んでくるんですよ。僕の手を大好きな人参と間違えたりね(笑)。後ろ向いたらパクッとやられたり。腕もやられて青あざができたり。アグリの胸の前でかがんだりすると、ツルっ首みたいにしてワーッとこちらの体を巻き込んできておさえつけられたり(笑)。それをやられると、苦しいんですけどね(笑)」
この行動もアグリにとっては攻撃ではなく、戯れのひとつ。
「現役時代にも放牧に来たことがありましたけど、今もまるで変わらないですね。当時から正にこんな感じですもんね。戸田先生が人参を差し出してもガッつくから、先生もおおっ! という感じで(笑)。たまに噛まれてイタイイタイと言ってますよ(笑)」
だがいざ跨ってみると、アグの印象がガラッと変わる。
「シンゲンはパワーがあって力で乗らなければなりませんが、アグは軽くてスッと動いてくれるんです」
人が騎乗していてもビービー鳴く子供っぽさとは裏腹に、とても乗りやすい馬なのだそうだ。そして村瀬さんに取材中も、放牧場所でウロウロしては、時折頭を上下に振ってアピールを続けるアグリの様子を見て、人間を遊び相手だと考えているに違いないと思った。
ムラセファームには、現在4頭の乗馬がいる。午後3時の飼い葉の時間になると、その4頭がいななく。しかもいななく順番は毎日同じ。5歳と1番若いダブルウォー(牡)がみんなにご飯だと知らせると「おう、わかった」とボスのシンゲンが応答し、アグリとマジカルブリット(牡9)の2頭が続いてそれに呼応する。馬たちを前に、4頭の中に序列があり、いななき一つにしても役割があるのかもしれないなと勝手に想像してみるのも楽しかった。
ゴールドアグリのように派手な容姿に賑やかな性格の馬や、マジカルブリットのようにおっとりした馬もいる。シンゲンのようにプライドが高くて威厳に満ちあふれた馬もいれば、ダブルウォーのように牛のごとくボーッとしている馬もいる。馬たちの取材をするたびに、1頭1頭に個性があることを再認識させられるし、そのたびに馬という生き物は愛すべき存在であると実感する。
▲マジカルブリット、北海道スプリントC勝ちのハリーズコメットの弟
公益財団法人ジャパン・スタッドブック・インターナショナルで実施している「引退名馬繋養展示事業」の助成金を受けられる年齢制限が、2015年度より14歳以上から10歳以上に変更になったこともあり、ムラセファームで余生を過ごすシンゲンとゴールドアグリの2頭も助成対象馬となった。
たとえ種牡馬や繁殖牝馬になれなくても、人間のために走りファンを楽しませてくれた馬たちが、1頭でも多く天寿を全うできるようになってほしい。放牧場所から馬房に戻り、飼い葉桶に顔を突っ込んで食事の続きを楽しむゴールドアグリの無邪気な様子を眺めながら、心からそう思うのだった。(了)
(取材・文・写真:佐々木祥恵)
※シンゲン、ゴールドアグリは見学可です。
茨城県稲敷市江戸崎甲1294-1
電話 029-892-6882
年間見学可(団体見学は不可)
見学時間 13時〜17時
見学を希望される方は、必ず前日までに連絡をしてください。
引退名馬 シンゲンの頁
https://www.meiba.jp/horses/view/2003102599引退名馬 ゴールドアグリの頁
https://www.meiba.jp/horses/view/2004103219