門別競馬場に取材に行くので、当日許諾がとれたら、この春ホッカイドウ競馬に移籍したアンスーリールに会いたい……と先週ここに書いた。贔屓のスマイルジャックの全妹で、JRAにいたとき、私がこっそり一口持っていた馬である。
――アンちゃんに会えるかなあ。
そう考えると、自然とスマイルの顔が浮かんでくる。
――そうか。あいつのいるアロースタッドから門別競馬場まで、クルマで1時間もかからないんだよな。
すぐ近くまで行くのだと思うと無性に会いたくなり、門別競馬場に行く前にアロースタッドを訪ねた。
担当厩務員の藤田誠さんに案内されて、広々とした放牧地の前に立つと、スマイルがゆっくりと近づいてきた。
種牡馬それぞれに割り当てられた放牧地を悠然と歩くスマイルジャック。
私に鼻先を寄せてきたので、前より人懐っこくなったのかと思ったら、クンクン匂いを確かめると、すぐ離れて行った。相変わらず愛想がない。
毛艶のよさが、体調のよさと、手入れが行き届いていることを物語っている。それに、思ったほど中年太りしていない。
「よく食べるんですけどね。今は500kg台の半ばぐらいです」と藤田さん。
担当厩務員の藤田誠さんと。少し文句がありそうな顔をしながらもポーズをとってくれた。
向かいの放牧地にはサウスヴィグラス、その向かい、スマイルから見ると筋向かいにはボスのタイキシャトル、その向かい、スマイルの並びにはシニスターミニスターがいる。
「ここを通って厩舎に戻るとき、いつもタイキシャトルに襲われています。それから、シニスターミニスターが放牧地を走り回るので、つられてしょっちゅう走っています」
そう話す藤田さんは、奥の放牧地のスーパーホーネットとレッドスパーダも担当している。
藤田さんの後ろがサウスヴィグラス、その右で尾を振っているのがタイキシャトル。写っていないが、右手前の放牧地にシニスターミニスターがいる。
初年度の種付け頭数は残念ながらひと桁に終わった。が、相変わらず人気があり、スマイルに会うためだけに来るファンがいたり、スマイル宛てに年賀状を送ってくれたり、誕生日に千羽鶴をプレゼントしてくれた人もいたという。
もっかのところ、牝馬より人間の女性にモテているようだ。
種牡馬展示会などでは高評価を得たのだが、種牡馬入りが遅れたのと、父のタニノギムレットが健在で、しかも種付料が安い、ということが響いているようだ。
「でも、種付けは本当に上手いですよ。仕事が早いんです」
藤田さんがそう言ったとき、スマイルが前ガキを始めた。
「もうすぐ砂の上に寝っころがります」
藤田さんの言葉どおり、出入口近くの砂の上で砂浴びを始めた。
気持ちよさそうに砂浴びをするスマイルジャック。
ただゴロゴロするのではなく、犬のように「ウー、ウー」と唸りながら全身に砂をこすりつけている。
「ああ、気持ちいいゼ。たまんねえよ」とでも言っているのだろうか。
毎朝5時ごろ放牧地に出て、午後1時半ごろ厩舎に戻り、体を洗ってもらう。
馬房に戻ってから最後の1枚を撮ろうと、何度声をかけても顔を出してくれなかった。
本稿をずっと読んでくれている人はわかっているだろうが、私は、スマイルが大好きで、カッコいいし、面白いヤツだと思っているが、あまり可愛いと思ったことがない。甘えてくれないから強がりを言っているわけではなく、何年もずっと、「ああ面倒くせえ」とため息でもつきそうな態度をとられつづけているので、こんなものだと思っている。
久しぶりに会ったスマイルは、私が好きになったスマイルのままだった。
その後、門別競馬場に行き、取材がひととおり終わってからアンスーリールのことを話すと、企画広報室の佐藤直志室長が、アンちゃんを管理している川島洋人調教師に話を通してくれた。
私がアンちゃんを生で見るのは3歳時、2013年の秋以来だから2年ぶり、顔や体に触れるのは1歳の夏以来4年ぶりになる。
「アンスー、おいで。気性がキツいから、気をつけてください」
馬房の扉をあけた川島師夫人の歩さん(元騎手の旧姓・安田歩さん)が苦笑した。
「ああ、怒ってる。機嫌悪い」と歩さん。顔を突き出したアンちゃんは、絞った耳を細かく動かしている。少しだけ顔を撫でさせてくれたが、すぐ奥に引っ込み、こちらにお尻を向けてしまった。
アンスーリールがこちらに顔を向けてくれないので、川島洋人調教師に前に立ってもらった。
アンちゃんは門別に来てから5戦して4、9、6、6、8着と、結果を出せずにいる。
川島師は騎手時代、アンちゃんの姉のティンバーランドに騎乗したことがあり、母シーセモアの血の難しさを身をもって知っている。
「ガンコで、気難しいですね。覆面をしないとゲートに入らないし、気性が邪魔して走れずにいる。姉のティンバーランドの娘は、ここで重賞を勝ったんですけどね」
体は、私が見ていたころよりずいぶんふっくらしている。
歩さんによると、食は細いらしい。そこはスマイルに似なかったようだ。
顔を見せてくれないので、写真を撮るのは諦めて、「ありがとうございました」と帰りかけると、反転して顔を突き出した。
帰り際、馬房から顔を見せてくれたアンスーリール。
慌ててシャッターを押したのでブレてしまったが、また目を合わせてくれて、嬉しかった。アンちゃんは、1歳のとき、故郷の上水牧場の馬房の前に立った私の胸にすっと顔を埋めてきた。最初は、耳を絞って警戒し、顔を出したり引っ込めたりしていたのに、しばらくしたら不意に顔を寄せてきたのだ。その甘え方に私はメロメロになってしまった。以来、ずっとアンちゃんの顔写真をスマホの待ち受け画面にしている。牝馬だからということもあって、スマイルに対する気持ちとは違い、アンちゃんが可愛くて仕方がなかった。
スマイルがスマイルのままだったように、アンちゃんも、レース経験を重ねて世間ズレしてはいても、基本的には可愛いアンちゃんのままだ。
今回は、個人的にとても贅沢な日高の旅を楽しむことができた。