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【女性騎手たちの引退後(2)】船橋所属だった鈴木久美子さん

  • 2016年07月05日(火) 18時00分
卑弥呼杯

上段左から、小田部雪さん(中津)、中島広美さん(笠松)、宮下瞳さん(名古屋)、戸川理彩さん(川崎)、鈴木千予さん(船橋)、下段左から、鈴木久美子さん(船橋)、米田真由美さん(高崎)、石川夏子さん(岩手)、佐々木明美さん(北海道)、細江純子さん(JRA):写真提供:地方競馬全国協会



一番は感謝です

 1995年に船橋所属として騎手デビューした鈴木久美子さん。デビューから5年後に病気のため無念の引退となってしまいましたが、その後フランスに渡って再び騎手免許を取得したり、ホースセラピーや子供乗馬などの普及に尽力したりするなど、激動の人生を振り返っていただきました。

赤見:騎手になりたいと思ったキッカケは何だったんですか?

鈴木:もともと動物が好きで、小学生の頃に図鑑をたくさん買ってもらって、そこから馬が好きになったんです。本屋さんに行くと馬の写真がいっぱい載ってる雑誌が毎週あって。競馬ブックや優駿だったんですけど、それを見ているうちに騎手という職業があることを知って、乗馬クラブで馬に乗ったら『これはすごい職業だ』って思ってしまったんですよね。

赤見:船橋所属になった経緯は?

鈴木:千葉県に住んでいたので、中学生の頃に自分で組合に電話してみたら最初は門前払いだったんです。その後、中学校の先生が連絡してくれて、見学をさせてもらえることになって、そこで函館一昭調教師と出会いました。「やりたかったらうちに来ていいよ」と言っていただいて。まだ中学生だったので週末だけ先生のところに行って朝のお手伝いをしたんですけど、一般家庭で育って馬にも触ったことなかった状態で、先生が受け入れてくれたことは本当に感謝しています。

赤見:当時船橋には女性騎手はいらっしゃったんですか?

鈴木:わたしが厩舎のお手伝いをするようになった頃、もうすぐデビューする米井陽子さんがいました。教養センターの1期上に溝邉悦代さんがいて、わたしの後に鈴木千予ちゃんがデビューしたので、半年くらいだけど4人いた時もありましたね。

騎手名鑑

騎手名鑑に掲載された鈴木久美子さんの写真



赤見:騎手時代を振り返るといかがですか?

鈴木:教養センター時代は守られているし、ミスをしても次に活かせる場じゃないですか。でもプロはどんな時でもミスは許されない。当たり前だけど現実を知りました。1回1回ステッキを持つごとに馬の命も懸かっているし、たくさんの人の生活も懸かっている。その重圧を感じたこともありましたね。考えることが多かったというか、葛藤が多かったです。勝とうと思って勝てる現実でもないし、騎乗馬を集めるのも大変で、攻め馬に乗せてもらうだけでも有難いという世界ですから。ただ、調教では乗せてもらえたし、たくさんの方々に育ててもらって、今振り返ると恵まれた環境だったと思います。その中で結果を出すことができなかった悔しさと申し訳なさが今も残っていて、それを社会貢献として恩返ししていきたいと思っています。

赤見:病気が原因で引退せざるを得なかったというのは、辛い経験でしたね。

鈴木:最初は胃が悪いと思っててずっと胃薬を処方されていたんです。なかなか本当の原因がわからなくて、改めて大きな検査をしたらすい臓が悪いということがわかって。その時にはかなりの症状が出ていたので、現役を続行することはできませんでした。

健康で馬に乗ってた時は、乗ることだけに執着していたんですけど、病気になってみると馬に乗れること以前に、健康であること、たくさんの人が関わっている中で馬に乗れたことがどれだけ幸せかと痛感しました。体の質というのはどんなにお金を払っても買えないものなので、健康な人は選ばれし者なんだなって思います。

赤見:引退後に入院、手術を繰り返したそうですが、どんなお気持ちだったんですか?

鈴木:これも自分なんだから次に進もうという気持ちで、とにかく勉強しようと思いました。前向きっていうか、振り返ることができなくなったんです。あそこにはもう戻れないということは明らかだったので、今後生きて行くために次のことを考えないといけないなと。それで自分の気持ちを紛らわしていた面もありますね。

赤見:どんな勉強をしたんですか?

鈴木:入院している時は明確な目標はなかったんですけど、とりあえず勉強しようと思って本を読み漁ったり、いろんな資格を取ったりしました。高校卒業資格、カイロプラクティック、医療事務、経理…いろいろ勉強しましたね。その時間があったからこそ今に繋がっていると思っています。

赤見:退院後にフランスに渡ったんですよね?

鈴木:そうです。体調が落ち着いた22歳の時ですね。今までと違う馬の接し方を見てみたいと思って、アメリカとイギリスとフランスで迷って結局フランスに行きました。英語ならまだしもフランス語はまったくわからないし、大冒険ですよね。フランスは文化、環境、考え方が日本とは違うし、馬と人の距離が全然違って驚くことがたくさんありました。競馬場の概念が覆されましたね。

赤見:具体的にはフランスでどんなことをしていたんですか?

鈴木:騎手になるとか復帰するという目的じゃなくて、馬の勉強をしたかったんです。まずは調教ができるから調教専門の調馬師として働いて。その後しばらくして騎手免許を取得できたので騎手として調教に乗っていました。実際は競馬に乗る訳じゃないけど、ライセンスがあると調馬師よりもお給料に少し上乗せされるんです。その後に競馬場の現場だけじゃなくて、広い視野で馬と接しているところを見たいと思って、本当にたまたまなんですけどホースセラピーとか子供乗馬をしている団体で勉強できることになって。そこでホースセラピーのライセンスを取りました。フランスは足掛け6年くらい行ったり来たりしてたんですけど、本当に勉強になったし視野が広がったと思います。

赤見:そこからホースセラピーを日本でも広めたいと思ったんですね。

鈴木:でも最初は本当に難しかったです。まずは現場を作らなきゃいけないけれど、自分で牧場や乗馬クラブを持っているわけじゃないですから。知り合いや友人のクラブと連携して始めたんですけど、最初の形を構築するのが難しかったです。それに、継続的に続けるためにはランニングコストを自分で生み出さないといけなくて、2つ会社を作りました。一度は成功しかけたんですけど、中国と連携で商売していたので、結局考え方が違い過ぎて長く続きませんでした。最近新しく活動する団体を立ち上げたんですけど、平日は普通の会社で働いて、土日に活動するという状態です。

赤見:どんな活動をする団体ですか?

鈴木:人馬会と名付けたんですけど、名前の通り人と馬の会です。子供乗馬など、馬を介して人や地域に貢献する活動をしたいですね。地域の方に馬を見てもらう、遊びに来てもらう、そこがきっかけになって興味を持った方には乗馬を楽しんでもらうという流れで、そこから情操教育というか、馬という生き物と接したり世話したりすることで、子供たちの教育の一端になればと思っています。

赤見:素晴らしい活動ですが、なかなか利益はでないですよね?

鈴木:そこをわたしがどうやって補うかなんですよね。行政から補助金をもらったりスポンサーを探したり。あとは自分が働いてお金を作らないと。馬は独特な動物で、いい教育ができる代わりに犬や猫とは違って維持ランニングがどうしても高いんです。だから続けるためには継続的なお金が必要で。そこが難しい部分の一つですね。

赤見:鈴木さんを支えるモチベーションというのは?

鈴木:一番は感謝です。教養センターでも船橋でも、わたしやんちゃだったんですよ(笑)。それなのに本当に温かく育ててもらって、馬繋がりで今も自分の好きなことをさせてもらってる。すごく勝ったとか、騎手として功績を残したわけではないけれど、自分が目指したところには行ったし、やりたいことはやらせてもらったので、自分のためには一回生きたかなと。大病をして命を繋いでもらったからには、今度は人のために生きられたら幸いです。ゴールがないから難しいけれど、継続することが大事ですから。わたしにできることは、ある程度の形を作って他の人たちに意志を繋いで行くことだと思っています。

鈴木久美子さん

「今度は人のために生きられたら幸いです」と語った鈴木久美子さん

赤見:具体的な活動やイベントは決まっていますか?

鈴木:確定はしていないですけど、いくつか動いているプロジェクトがあります。その中の一つは、千葉県で親子対象のスポーツ体験イベントを考えています。乗馬と違うスポーツのコラボレーションで、例えば午前中は野球で午後は乗馬とか。親と子、知っている人と知らない人、ハンデがある人とない人、いろいろなコミュニケーションが取れればいいですね。その中で地域の食材を味わってもらうなど、いろいろな方向性で考えています。実現したら、ぜひたくさんの方に参加して欲しいです!

常石勝義
1977年8月2日生まれ、大阪府出身。96年3月にJRAで騎手デビュー。「花の12期生」福永祐一、和田竜二らが同期。同月10日タニノレセプションで初勝利を挙げ、デビュー5か月で12勝をマーク。しかし同年8月の落馬事故で意識不明に。その後奇跡的な回復で復帰し、03年には中山GJでGI制覇(ビッグテースト)。 04年8月28日の豊国JS(小倉)で再び落馬。復帰を目指してリハビリを行っていたが、07年2月28日付で引退。現在は栗東トレセンを中心に取材活動を行っているほか、えふえむ草津(785MHz)の『常石勝義のお馬塾』(毎週金曜日17:30〜)に出演中。

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