▲ダートのOPクラスで活躍したグラッツィア(右)とエアウルフ(左)
(前回のつづき)
グラッツィアとエアウルフが障害飛越を披露
角居勝彦調教師と西崎純郎さんのスペシャルトークショーには、グラッツィア(セン8)とエアウルフ(セン9)が登場した。両馬とも角居厩舎で競走馬時代を過ごし、グラッツィアは障害レース1勝を含めて計7勝とオープンクラスでも活躍した。一方、明るい栗毛に顔には白い作があるのが、エアウルフだ。こちらもオープンクラスで走っており、計6勝を挙げている。
両馬について
「性格的にどちらともサラブレッドらしい馬ですが、エアウルフの方が非常に気持が高ぶりやすくて、カッとしやすくすぐに興奮状態に入りやすいタイプの馬でした。2着が12回ありましたが、この気性が邪魔になってエネルギーロスをしていました。こういう馬が乗馬の世界に入って活躍できるものかと。そういう意味では、グラッツィアの方が誰にでも対応してくれるタイプの馬だなと思っています」 と角居師は語り、
「対照的な2頭のリトレーニングを同時にお願いしてしまいました(笑)」と苦笑いしていた。
▲両馬を管理した角居調教師が見守る中、障害飛越の様子をお披露目
そして馬場内を回る姿に
「2頭とも人の指示を上手に受け入れて、理解して運動していますね」とリトレーニングの成果に感心していた。さらに
「育て上げる人が非常に重要です。そういうスタッフが乗馬クラブにどれだけ揃っているのかも、馬を預ける上で重要なファクターになっています」と、人材の大切さを強調していた。
トークショーの中では、2頭の障害飛越も披露された。西崎さんの解説のもと、横木をまたぐことから始めて、徐々にバーを高く上げながらの障害を飛び越えていく。障害の高さがこの日1番高くなったところで、エアウルフは2度バーを落としたが、3度目には見事にクリア。騎乗者は手を挙げて喜び、場内からも拍手が沸き起こっていた。
▲上手に障害を飛び越えたグラッツィア
▲エアウルフは2度バーを落としたが、3度目に見事クリア
さらに「ホースセラピーの今」と題して障がい者が実際に馬に乗り、それを見ながら障がいのあるひとたちへのホースセラピーの活用について、精神科医の北山幸雄さん、作業療法士の林原千夏さんが話をした。実際、馬とふれあったり乗馬を体験することにより、障がい者の精神機能や運動機能が向上すると言われている。角居師が代表理事の一般財団法人ホースコミュニティも、馬を介在したノーマライゼーション(障がい者が一般市民と同様の普通の生活・権利などが保障されるよう環境整備を目指す理念)の実現、及び健康社会の構築をめざしているといい、引退した馬たちのセカンドキャリアの1つの可能性として、このホースセラピーも入ってくるのだろう。
ただ障がい者が乗るには、サラブレッドは大きすぎる場合があるという話を耳にしたことがあり、サラブレッドが適しているセラピーのあり方を探っていく必要がありそうだし、障がい者乗馬が治療やリハビリテーションの一環として認められている海外のレベルに引き上げるためにも、人材の育成が急がれるのではないかと感じた。馬を介在したノーマライゼーションを実現するためにも、今後の展開に注目していきたい。
▲障がい者乗馬の様子。馬を介在したノーマライゼーションの実現に向け今後の展開に注目
その後会場には、再び障害飛越用の障害が設置され、西崎さん騎乗のドリーム・ハート(牝11)が登場する。父キョウトシチー、母ビジネススタイルの間に、2005年5月24日、北海道の門別町(現日高町)のクラウンホースメイトで生まれたドリーム・ハートは、「シンワユメタツ」と名付けられて競走馬を目指したものの、気性難と臆病な性格のためにデビューは叶わず、乗馬の道へと進んだ。
2009年1月に同馬と出会った現在のオーナーの河合悠美子さんは、凛々しい顔立ちと柔らかい身のこなしに魅かれたという。しかし、人に心を開かず、曳いては暴れ、乗っては落とすの危険な馬として、乗馬の道も前途多難。最後の希望を託して、2010年4月、岡山乗馬倶楽部にドリーム・ハートを預けたのだった。吉備高原の大自然と充実したトレーニング施設、元競走馬を再調教して全国制覇の実績のある西崎さんに期待してのものだった。
▲競走馬の道を断たれ、最後の希望を託して岡山乗馬倶楽部に預けられたドリーム・ハート
目の前のドリーム・ハートは、そんな過去があったとは信じられないほど、西崎さんを背に鮮やかに障害を飛越していく。競技馬デビュー時から各地で好成績を残してきたドリーム・ハートは、北海道苫小牧市のノーザンホースパークで開催された2014年の全日本障害大会の中障害飛越競技Dで見事に優勝している。競走馬失格の烙印を押され、乗用馬としての道も閉ざされかけた同馬が、生産者が見守る中、馬術競技馬として故郷に錦を飾る形となった。これはオーナーや再調教をした西崎さんら、この馬に関係する人々の諦めない強い気持ちに馬が応え、人と馬が強い信頼関係で結ばれた結果のように思う。
「ケガをしたり、運がなかったり、タイミングが合わなくて勝てなかった馬たちが、このような素晴らしい環境で新しい馬生、セカンドキャリアを積むことができるようになり、行政や団体、大学関係者も含めて賛同して頂けるということで、サラブレッドの道が新しく開けたなと思います。ますます大きな活動にしていきたいですが、まだオープニングですのでどこまでできるか見えていないところもあります。ただ馬だけではなく人のサポートも圧倒的に必要な活動ですので、是非いろいろな形で皆さまに賛同して頂きたいです」 と冒頭の挨拶で角居師の語った言葉が耳に残る。「どこまでできるか見えていないところもある」これは角居師の正直な気持ちのように感じた。けれども競走馬になれなかった馬、結果を残せなかった馬、繁殖としてその血を残せなかった馬たちが、競走馬を引退した後も命を繋いでいくことのできる未来が来るように、そして馬たちが快適に第二の馬生を過ごせる場所が、1つでも多く増えるようにと願わずにはいられない。
しかし本当の意味で馬たちが快適に過ごせる場所というのが、案外難しいと個人的には感じる。飼養管理がしっかりしていて、それぞれの馬に合った適切な運動ができて、レッスンの鞍数も馬に負担がかからない程度、できれば馬たちを放てる放牧地があるというのが、馬がより快適に過ごせる場所なのではないかと私的には考えている。そういう意味では、自然豊かで広大な敷地を持つ岡山乗馬倶楽部は、その環境が整っているように映った。
また、TCCホース候補やリトレーニングされている馬たちのほとんどが関西馬という点が気になり、サンクスホースプロジェクトの関東圏の動きについて角居師に質問したところ
「馬主協会関係からも西だけではなく東の方もまとまって活動をしてほしいと要望もありますし、関東とも連携を深めて活動を広げていきます」との答えが返ってきた。関東圏は乗馬クラブ数が圧倒的に多いが、さらにリトレーニングに協力してくれ、技術者が充実している施設を探していくとのことだ。
栃木県大田原市にあるアイランドホースリゾート那須で、エアハリファ(セン7)、サトノプライマシー(セン7)、サトノジェミニ(セン6)と既にリトレーニング中の馬もいるが、次から次へと引退競走馬が出てくる現実を考えると、受け皿は多い方が良い。馬たちが快適に過ごせる環境が整い、サンクスホースプロジェクトの理念に賛同してくれる施設と1日も早く出会い、手を結ぶ方向へと進んでいってほしい。
オープニングセレモニーから2週間以上が経過し、引退ファンクラブTCCには新たなTCCホース候補の1口オーナーが募集され、NPO法人吉備高原サラブリトレーニングで再調教を進めていく予定となっている。これからこのプロジェクトが引退した競走馬たちの希望の光となり、全国的にこのうねりが大きく広がっていくことを大いに期待したい。
(了)
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