◆石川の技術と度胸なら乗りこなしてくれる
スプリント界を長らくけん引したハクサンムーンといえば、馬場入りの際の“旋回”が名物。多くの競馬ファンは荒々しいイメージを持っていたのではないか。しかし、記者が知るハクサンムーンは、洗い場でも長い時間ジッとできる、我慢強く、おとなしい馬。近寄ってもかみつくようなことはなく、鼻面を何度かなでさせてもらったこともある。その実は人懐っこい馬だったように思う。
イメージと実像がかけ離れるのは、馬だけではなく、人も同じ。もう長い付き合いになる河内キュウ舎の芦谷助手は、まさにその典型と言えようか。
今でこそ記者にとっては笑顔の絶えない“いいあんちゃん”なのだが、最初に目にした時の印象は、あまりに強烈だった。当時はイケイケの山内キュウ舎所属で、羽織っていたのは、いかつい刺しゅう入りのジャージー。しかも黒髪ではなかったような…。心の中で「いるとこ、間違えてません?」と突っ込みを入れたほど。
もっとも、話してみると、これが実に心優しい男で、今でも顔を合わせると「太り過ぎなんちゃう? もっと歩かな」と記者の健康状態まで心配してくれるほどだ。もちろん、人以上に、馬に対して優しい。馬への愛情が強過ぎるゆえに、意見の合わない人もいたのか。何度か所属先は変わったが、今の河内キュウ舎では、しっかりと信頼を勝ち取り、屋台骨を支えている。
そんな彼と先週、ばったり出くわした。現在の担当馬を把握していなかったこともあり、「稼げてる?」ってノリで声をかけてみると…。
「来週は(担当馬を)新潟に連れていかなアカンのよ。けど、ワールドオールスター(ジョッキーズ)が札幌であるやろ。ミルコ(デムーロ)がおらんから、どうしようかと思ったんやけど…」
即座にピンときた。新潟2歳Sに出走予定のサンライズソアを担当していたのか…。
「いい騎手が見つからないようなら放牧に出す計画もあったけど、石川を押さえられたから。メンバー次第ではチャンスもあるんじゃないかな」
“石川でOK”の判断を下したのは名ジョッキーでもあった河内調教師。騎手を見る目に狂いがあろうはずがない。
「走りっぷりのいい馬なんだけど、走り始めると止まってくれないところがあって…。俺も追い切りでそういう時があったし、ミルコも返し馬とゴールしてからの止めしなで苦労していた」(芦谷助手)ように、まだまだ若さの残るサンライズソアだが、石川の技術と度胸なら乗りこなしてくれると結論づけたからこその新潟2歳S参戦なのだろう。
その新馬戦は2着アウトライアーズに3/4馬身差の辛勝と、見た目は地味でも、「後ろからこられたら、また伸びようとする感じ。まだまだ余裕があった」と芦谷助手が振り返る、奥深さを感じさせる内容だった。心優しき男が、素質を秘めたサンライズソアの良さをさらに引き出すようなら…。新潟2歳Sの翌週、「やっぱり見た目だけで判断するのはアカンわ」って声を、芦谷助手からかけられそうな予感がしてならない。