「凱旋門賞のマカヒキ、どうしちゃったんスか。あんなもんじゃないでしょう」
止まり木に腰掛けるなり、ディレクターのレイが言った。
「まあ、確かに負けすぎだよな」
と、私はウーロン茶で喉を潤した。いくらか秋めいてきたものの、神様は1カ月くらい季節を間違えているんじゃないかと思うほど、日中は暑かった。
素足にサンダルを履き、Tシャツの袖から出た二の腕をポリポリ掻くレイも、神様ではないが、年中季節を勘違いしているように見える。レイは「麗しい」ではなく「励む」と書くレイで、男だ。仕事柄若く見えるが、私より10学年下だから、もう41歳か42歳になっている。
「島田さん、凱旋門賞を勝つには、日本馬を何頭も出走させて、コース上を日本化させるべきだ、と書いてますよね」
「ああ。そうなれば、コース上だけじゃなく、場内の雰囲気も、100%アウェーが80%アウェーぐらいにはなるだろうし」
「でも、勝つのは1頭だけなのに、招待レースでもないレースに、何頭もの有力馬がリスク覚悟で参戦するかなあ」
とレイがこちらに滑らせたサンマの刺身の皿を、私は押し返した。ムッとしたわけではなく、あまり好きではないだけだ。
「ディープインパクトがいたときの天皇賞や宝塚記念も、勝ち目がないからと3頭立てや4頭立てにはならなかっただろう」
「それはまた別の話でしょう」
「勝つのは1頭だけだが、何が勝つかわからないのも競馬だよ」
頼んでいないのに、店の主人が私の前に牛すじの煮込みを置いた。これは好物だ。
「エルコンドルパサーは、1頭だけで出走して『勝ちに等しい』とまで言われた2着だったでしょう。何頭が出るかより、滞在期間とか、現地での受け入れ態勢とか……」
とレイが話しているときガラガラと戸が開いて、プロデューサーのソブさんと、制作のサトさん、そして、キャスターのヒトミちゃんが入ってきた。
「さ、ヒトミさんはそこ座って。サトさんはそっち。お、レイはいつ帰国したんだ」
と、おしぼりを手にするソブさんが加わるだけで、世間話も、飲み物や料理の注文もさっさと済ませなければならないような雰囲気になる。
「なんだよ、レイ、海外ロケでも行ってたのか」と私が訊くと、レイが苦笑した。
「行ってないっスよ」
「リオ五輪の撮影に行ってただろう」とソブさん。
「いつの話してんスか。リオから戻ったあと、何回も会ってるのに」
「そうだっけ、ハハハ。あのね、親父さん、カマスの塩焼き、それから……」
とソブさんはヒトミちゃんにビールを注ぐ。ヒトミちゃんのヒトミは名ではなく、姓である。かつて宝塚歌劇団に所属していた彼女は、武豊騎手や、フィギュアスケートの羽生結弦選手と並べてみたくなる、見事な8頭身だ。
「マカヒキ、無事に帰国したようで、よかったですね」とヒトミちゃんは両手でグラスを持って微笑んだ。
「うん、そうだな。また来年だ」とレイ。
「レイ、日本化の話のつづき、していいか」
私が言うと、どうぞ、の意味で、レイが手を差し出した。
「今年の凱旋門賞に騎乗した16人の騎手のうち、ルメールは日本の騎手だよな」
「はい」
「ルメール以外の15人のうち、アッゼニ、ペリエ、クリスチャン・デムーロ、スミヨン、デットーリ、ブドー、ムーア、バルザローナ、ギュイヨンの9人が短期免許で来日したことがあって、ほかの騎手たちもほとんどが日本で騎乗したことがある」
「ああ、そうでしたね」
「彼らが日本化されたと言うつもりはないけど、日本の人馬のレベルや、力関係をわかっていることは確かだ。ということは、カツヒコ・スミイの管理馬が出てきたら一目置くし、レース中、ユタカ・タケがどこにいるか確認する。そうした要素があともうちょっと加わるだけで、メンタルな動きを日本のレースに近づけることができるところまで、日本の競馬界は頑張ってきた、ってことだ」
「確かに、知った顔や名前がずいぶんいる凱旋門賞だったなあ」
「だから41億円も馬券が売れたんだろう」と言いながら、レイはひょっとしたら、馬券を外したから機嫌が悪いのかと思ったが、そうではなかった。
「単勝も馬単も獲りましたけど、なんか、微妙でした」
「おれも馬連だけ」と、普段はめったに馬券を買わない「ケンのサトさん」まで的中させたという。
「いや、実は私も、サトさんに言われたとおりに買ったら当たったんですよ」とソブさんが頭を掻く。
まさかと思ってヒトミちゃんを見ると、
「ごめんなさい」とニコリ。ごめんなさい、私も当てましたの「ごめんなさい」だろう。それはいいとして、なぜ彼らは私が外したことを知っているのか。
「なんか、おあとがよろしいようで、って感じになってきたね」
「まあ、そう言わずに」と、レイが私のウーロン茶のグラスを新しいものに替えた。
国内で初めて馬券が売られる海外レースとなったこと、また、それに向けてスポーツ紙をはじめとするメディアが積極的に出走馬に関する詳しい情報を提供したことによって、むしろ国内のジャパンカップなどよりわからないことの少ない、身近なレースとして、世界最高峰が私たちに近づいてきた。
凱旋門賞が、去年までとは別種のレースになったことは確かだ。
レイが舟をこぎはじめた。
もうすぐ終電がなくなる時間だ。新橋の夜が短いことは、昔から変わらない。