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秋競馬と悲運の名馬

  • 2017年09月09日(土) 12時00分


 いよいよ秋競馬が開幕する。1980年代の終わりに競馬を始めた私にとって、ほぼ30回目の秋競馬ということになる。

 関東在住のファンにとって、秋競馬の開幕を告げるレースといえば、やはり京成杯オータムハンデキャップだろう。97年までは京王杯オータムハンデキャップという名称で行われていた。

 まず思い出されるのは、マティリアルが2年半ぶりに勝利を挙げた89年のレースだ。喜びに浸っていたのも束の間、入線後、歩様を乱したため岡部幸雄騎手(当時)が下馬。右前第一指節種子骨複骨折を発症していた。手術が行われたが、4日後に世を去った。

 98年に京成杯オータムハンデキャップになってからは、贔屓のスマイルジャックが久しぶりに上位に来た2012年のレースが自然と脳裏に蘇ってくる。レオアクティブが1分30秒7のスーパーレコードで勝ち、そこからコンマ2秒差の2着。前年の安田記念で3着になって以来、1年3カ月ぶりの掲示板だった。スマイルは、翌13年のこのレースで13着に敗れたのを最後に川崎に移籍した。レース後、私が厩舎に様子を見に行くのもそれが最後となったのだから、京成杯がスマイルにとっても私にとっても節目となったわけだ。

 マティリアルの戦績を振り返ると、4歳だった88年には、タマモクロスとオグリキャップの「芦毛対決」で話題になった天皇賞・秋や有馬記念にも出ており、それぞれ6番人気、8番人気に支持され、どちらでも9着になっている。今思うと、ものすごいアイドルホースの競演だったわけだが、芦毛の二強の印象が強烈すぎたからか、マティリアルの走りをあまりよく覚えていない。ちゃんと見ていなかった自分が、なんだか、ひどくもったいないことをしたような気がする。

 マティリアルは、父パーソロン、母の父スピードシンボリという血統で、84年4月4日、門別のシンボリ牧場で生まれた。父は71年と76年にリーディングサイアーとなり、母の父は「ミスター競馬」野平祐二氏(故人)を背に八大競走を4勝した名馬だ。この血統構成は、史上初の無敗の三冠馬となったシンボリルドルフと同じだった。

 2歳時、86年10月の新馬戦でデビュー勝ちをおさめ、次走の府中3歳ステークス(レース名の馬齢は旧表記)では3着。

 年明け初戦、2月21日の寒梅賞を勝利。つづくスプリングステークスで、最後方から凄まじい脚で前を差し切り、衝撃を与えた。負かした相手に、メリーナイス、ゴールドシチーといった前年の旧3歳王者や重賞勝ち馬のトチノルーラーなどがいたことも、この一戦の価値を高めた。

 マティリアルは一躍春のクラシックの主役と目されたが、しかし、1番人気に支持された皐月賞ではサクラスターオーの3着、ダービーではメリーナイスの18着に敗れた。

 復活を目指した秋、セントライト記念は2番人気で7着、菊花賞は4番人気で13着と、輝きをとり戻すことはできなかった。

 翌88年も勝ち鞍を挙げることはできなかったが、比較的差のない競馬をしたのが芝1800メートルの中山記念(コンマ6秒差6着)やエプソムカップ(コンマ2秒差2着)、マイルのダービー卿チャレンジトロフィー(コンマ5秒差5着)だったように、マイルから1800メートルぐらいが適性距離だったようだ。

 そして、結果的に最後のシーズンとなった89年、マイルの関屋記念で2着となり、京王杯オータムハンデキャプで勝利を挙げた。

 終わったかにも見えたスターホースの鮮やかな復活劇だっただけに、その後の悲しみも大きかった。

 同じように「燃え尽きた」と言われたオグリキャップが、1年後の有馬記念で劇的な勝利をおさめ、「奇跡のラストラン」として伝説になった。

 私たちがオグリの復活にあれだけ熱くなったのも、前年のマティリアルの喜びと悲劇があったからかもしれない――マティリアルの短い生涯を振り返りながら、そう思った。

 秋競馬が開幕したことについて書くつもりが、いささか湿っぽい話になってしまった。

 しかし、何かが幕を開けるということは、別の何かが幕を閉じることでもある。この季節、幕を降ろすのは夏競馬というのが普通のとらえ方だが、マティリアルはその生涯に、スマイルジャックは中央での競走生活に幕を降ろすことになった。

 逆もまた同様で、何かが幕を閉じると、別の何かが幕を開ける。マティリアルの場合はオグリキャップが伝説を引き継ぎ、スマイルの場合は、川崎の山崎尋美厩舎、アロースタッドのホースマンたち、そして、今は大学の馬術部のメンバーと触れ合う、「第2、第3の馬生」が始まったわけだ。

 今年も、ハイシーズンに突入した活気と、タイトル争いがシビアになる緊張感の両方をたっぷり感じながら、秋競馬を楽しみたい。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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