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マイルは基本か

  • 2015年05月09日(土) 12時00分


 かつてゴールドシップは、その強さと馬名から「不沈艦」と呼ばれていた。もっとも盛んにこの表現が使われたのは、同馬が4歳だった2年前の春、前年秋からの連勝――神戸新聞杯、菊花賞、有馬記念、阪神大賞典――を「4」に伸ばしたころか。オルフェーヴル、ジェンティルドンナと「未対戦の三強」を形成していた時期だ。頭文字から「OGG三強」と私も書いたりしていたが、三強の揃い踏みが一度もなかったこともあって、ほとんど定着しなかった。

「かつて」と記したが、せいぜい2年前のことだ。つい最近と言えなくもないのに、今は誰もゴールドシップのことを「不沈艦」とは言わない。何度も沈んだからにほかならないが、同時に、あの馬の気難しいキャラクターがこの2年で広く知られるようになったからだろう。

 ゴールドシップの強さは素直に讃えたい。が、今回の天皇賞・春ではゲート入りに手こずり、先に入っていた奇数番枠の馬たちを3分近くも待たせることになった。いささか後味が悪かったし、さらなる公正確保の意味からも、ゴールドシップに限らず、ゲート入りの悪い馬に関しては、前歴のある馬を入れる順番、入れ方(最初から目隠しをしてしまうなど)、入れる枠(一定時間以上拒否したら「外枠発走」にするなど明確な基準を設ける)といったルールを見直してもいいように感じた。

 さて、今週はNHKマイルカップが行われる。新しいGIだと思っていたのだが、今年でもう20回目になる。

 このレースの勝ち馬の多くが、その後、単なる「マイル王」にとどまらない活躍を見せている。第2回の勝ち馬シーキングザパールは日本馬初の海外GI制覇をなし遂げ、第3回のエルコンドルパサーは凱旋門賞で「勝ちに等しい」と言われた2着となり、第6回のクロフネはジャパンカップダートを圧勝。第9回のキングカメハメハと第13回のディープスカイはダービーとの「変則二冠」の覇者となっている。3歳春のこの時期に東京芝1600mで高いパフォーマンスを発揮できる馬は、総合力も高い、ということか。

 NHKマイルカップは、私たちファンにとって、「将来性の能力検定競走」の役割も果たしているわけだ。天皇賞・春を勝っても、それだけでは種牡馬になれないこのご時世、反比例するように、その重要性が高まっている。

 誰が最初に言ったのかは知らないが、「競馬の基本はマイル」という、格言めいたものがある。確かに、マイルは距離の単位であるから、これより長いか短いかを基準に競走が始められ、それがのちの時代にも伝統というか、カラーとして残っている、ということかもしれない。「クラシックディスタンス」とも「チャンピオンディスタンス」とも呼ばれる2400mを「1マイル半」と言うと洒落た響きになるし、現に、英文のプログラムなどではそう表記される。

 マイルが基本で、1マイル半が王者を決める距離なら、天皇賞・春の舞台となっている2マイルの3200mはどんな距離、ということになるのだろうか。

 角居勝彦調教師とウオッカについていろい話をしたとき、「2400mのレースはマイルとリズムが同じになるので、マイルで強い馬が結果を出すことがある」と言っていた。実際、ウオッカがそうだった。わかりやすい東京コースを例にとると、マイルは向正面の入口付近からスタートし、まっすぐ走りながらポジションを決め、手前を替えて3コーナーに進入し、4コーナーを回りながらスパートに備える。2400mは、その前に、スタンド前の直線入口付近からスタートし、まっすぐ走りながらポジションを決め、手前を替えて1コーナーに進入し……という、マイル戦の序盤から中盤にかけての走りと同じことをつけ加えるだけだ。なるほど、同じリズムになる。

 ところが、2マイルだとそうはいかない。現に、東京では2マイルのコースがとれないし、京都の3200mが天皇賞・春専用のコースとなっている。このコースはご存知のように、スタートして少し走ると3コーナーの坂の上り下りがあり、下りで勢いがつきすぎないようにして4コーナーを回り、直線では歓声のせいで掛からないよう気をつけ……と、マイル戦とはまったく異なるリズムのレースをすることになる。

 マイルや1マイル半を走り切るときとは別種の能力、別種の強さが求められる。

 だからガラパゴス化が進む、と見るのではなく、だからこそ、能力の幅が求められるここを勝った馬は高く評価される……ということになってほしいのだが、どうだろう。

 今回もまた、とりとめのない話になってしまった。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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