このところ、執筆中の競馬ミステリーに使うトリックの科学的裏付けをとるため、顔見知りの獣医師を見つけては、妙な質問ばかりしている。去年のセレクトセールで初めて話した若手獣医師に、今年のセレクトセールで、こんな質問をした。
「繁殖牝馬の妊娠鑑定で双子だった場合、それをカルテに記しますか」
「普通は書くと思います」
「では、どちらかを潰したときも、潰したと記すんですね」
「ほかの人がどうしているかはわかりませんが、おそらく、よほどズボラな人じゃなければ書くんじゃないですか」
彼は開業獣医ではなく、オーナーブリーダーの専属獣医である。だから、ほかの獣医のやり方を見てはいないのだが、それでも参考になった。
双子だった場合、そのままにしておくと、母胎の栄養を奪い合うし、胎内の1頭あたりのスペースも狭くなる。生まれたとしても、競走馬として成功する以前に、デビューすらできないことが普通なので、受精卵の段階で獣医が片方を潰して、1頭だけにする。
具体的にどうするかというと――。
妊娠鑑定をするエコーを持った手を牝馬の直腸に差し入れる。そして、モニターを見ながら、直腸の壁と子宮の壁を通じて、エコーの先のプローブで押し潰すのだという。2つのうち、小さいほうを潰すことが多いようだ。
全体の10パーセントほどが双子だというから、私たちがイメージしているよりずっと多い。なお、受精卵が2つあるということは、すなわち二卵性なので、双子とはいえ、外観は似ていないのが普通とのこと。
別のベテラン獣医師に、人為的だったり、あるいはミスで、馬がすり替えられてしまうことがあり得るか訊いた。すると、大いにあり得る、と、次のような例を教えてくれた。
GIを2勝した若い牝馬が、この春、初めて出産したが、死産だった。ほぼ同じタイミングで別の牝馬が出産したが、こちらは自分の仔馬を攻撃するなど、育児放棄の状態になった。
そこで、ベテラン獣医師は、育児放棄された仔馬を、死産した若い牝馬のもとに連れて行き、その牝馬の羊水や胎盤などをこすりつけた。すると、若い牝馬は、仔馬を自身の子供と認識したのか、乳を与えたりと、きちんと育てるようになったという。
その仔馬を、若い牝馬の産駒として血統登録することはできない。DNA鑑定の検体としてたてがみを持って行かれ、親子鑑定の判定に使われるからだ。しかし、放牧地で仲よく歩くさまは、誰がどう見ても普通の親仔だろう。
また、大手生産・育成牧場の調教主任が厩舎長時代、いつもその馬が入っている馬房にいた同じ毛色の馬を馬運車に乗せて競馬場に送ったら、マイクロチップによる個体識別で別の馬だとわかり、送り返されてきたことがあったという。
誤りによるすり替えは、十分起こり得るし、現実に起きている。馬の首に埋め込んだマイクロチップが、破損したり、体内の別の場所に移動したり、いわゆる「喪失」することも、わりとよくあるという。
チップの単価や、獣医が得る埋め込みの手数料がいくらなのかということも、案外把握していない生産者が多いのも面白かった。
といった話ばかりしているので、よからぬことをたくらんでいるように誤解されるかもしれないが、あくまでも、フィクションのネタとして、である。
それとは別に、ノンフィクションの取材で、的場文男騎手と岡部幸雄さんにインタビューした。61歳と69歳。2人とも、若いというか、ここ10年ほど、見た目もイメージもあまり変わっていないような気がする。ああいう超人に会って話すと、年齢を重ねるのが怖くなくなる。
もうすぐ相馬野馬追だ。いつも行動をともにしている蒔田保夫さんに電話したら、「台風を連れてくるなら、島田さん、来なくていいよ」と笑っていた。台風ではなく太陽を連れて行けるよう、どう頑張ればいいのかわからないが、準備をつづけよう。