▲北海道、茨城県、滋賀県に拠点を構える吉澤ステーブル社長・吉澤克己氏
競馬は“1勝”を目指すリレーである。アンカーがジョッキーならば、リレーの中核をなすのは育成・外厩のスタッフ。その乗り手不足が深刻だ。牧場の人手不足は慢性的で、現在は外国人スタッフを雇うことで補っている。「日本の競馬産業の未来を本気で思うなら、日本人の若手を育てなければ」──そんな使命感のもと、人生を賭けて人材育成に立ち向かっている男たちがいる。
先週お届けした、湖南馬事研修センターのセンター長兼教官齋藤昭浩の戦い。JRAの公益財団法人・軽種馬育成調教センターのトップインストラクターの職を辞し、新天地で人材育成に乗り出したわけだが、その大きなチャレンジを丸ごと請け負った偉大なホースマンがいた。吉澤ステーブル社長・吉澤克己――20余年前から始まったという計画に迫る。
(取材・文=不破由妃子)【掲載スケジュール】
齋藤昭浩氏インタビュー 8/16(木)前編、8/17(金)後編
吉澤ステーブル社長・吉澤克己氏インタビュー 8/23(木)前編、8/24(金)後編
僕には彼しか考えられなかったし、彼に代わる人材はいない
ダービー馬に携われるような人材を一人でも多く送り出したい──自身に課せられたホースマンとしての使命を全うすべく、JRAの公益財団法人・軽種馬育成調教センター(以下、BTC)のトップインストラクターの職を辞し、湖南馬事研修センターという新天地で人材育成に乗り出した齋藤昭浩。
先週、その道のプロフェッショナルとして、齋藤の人物像と熱い理念に迫ったが、その大きなチャレンジを丸ごと請け負った偉大なホースマンがいることを忘れてはならない。
吉澤ステーブル社長・吉澤克己。そもそもこの計画が実行に移されたのは、さかのぼること20余年、吉澤が齋藤に放った「厩舎をひとつ任せるから、うち(吉澤ステーブル)で人材育成をしてみないか?」という一言がきっかけだった。
吉澤ステーブルといえば、今でこそ北海道、茨城県、滋賀県に拠点を構える一大ステーブルだが、当時はまだ北海道・浦河に現在の本場にあたる育成牧場を構えたばかり。とはいえ、当時から生産・育成界の人手不足は慢性的な問題で、吉澤はいち早くその危機を察してたという。