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英科学誌に発表された研究「馬は人の感情を読み取る」細江純子さんが北大准教授を直撃【第1回】

  • 2018年10月09日(火) 18時02分
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▲左から東京大学大学院の中村航介さん、北海道大学大学院の瀧本彩加准教授、細江純子さん


2018年6月21日、英科学誌電子版に馬に関する注目の研究結果が発表されました。『ヒトの感情シグナルに敏感なウマ 〜ウマはヒトの表情と声を関連づけて感情を読みとることが明らかに〜』。発表したのは、北海道大学大学院文学研究科の瀧本彩加准教授や、東京大学大学院総合文化研究科修士課程2年の中村航介さんらのグループ。この研究テーマに大きな関心を抱いた細江純子さんと、瀧本准教授・中村さんとの特別対談を本日から4日間連続で掲載します。

(構成:不破由妃子)

大学の馬術部時代は京都競馬場でアルバイト


細江 はじめまして。今日はお忙しいなか、お時間を作っていただきありがとうございます。少し前に、北海道大学の瀧本先生が「馬は人の表情と声を関連付けて感情を読み取るのだろうか」という実験をされたというニュースを見まして、すごく興味を引かれたんです。それで、ぜひ直接お話を伺ってみたいなと思った次第です。

瀧本 ありがとうございます。感情を用いた馬と人とのコミュニケーションについては、まだ科学的に明らかになっていないことがたくさんあります。今回の実験も限定的なものではありますが、ひとりでも多くの方に馬のことをもっと知ってもらえるきっかけになれば…という思いがあったので、興味を持っていただけて本当にうれしいです。

細江 現在は北海道大学・文学部の准教授でいらっしゃるわけですが、そもそもなぜ馬に興味を持たれたのか、その経緯から伺ってもいいですか?

瀧本 はい。大学(京都大学・文学部)に入ったと同時に大学の先輩に誘われて馬術部に入部しました。小さい頃から動物が好きで、観光牧場で馬に乗ったりした経験はありましたが、まさか自分が馬術部に入るまでになるとは思ってもいませんでしたね。体験入部で馬術部に通ううちに馬に対して愛情が芽生えて、馬術部に入ってからはすっかり馬の虜になってしまいました(笑)。

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▲「馬術部に入ってからはすっかり馬の虜になってしまいました」と瀧本准教授


細江 そうだったんですね。大学時代はずっと馬術を?

瀧本 はい。馬術部に入って2年目の夏に自分の担当馬ができてからは、毎日馬とかかわる日々でした。また、馬術部にいた頃はずっと京都競馬場でアルバイトをしていました。開催時には、毎週末競馬場で働いていたので、モニター越しではありますが、細江さんの姿もよく拝見していました。

細江 それはそれは(笑)。馬術部の方たちは部費を稼ぐために、みなさんアルバイトをされるそうですね。

瀧本 そうですね。私がいた当時は乗馬用の馬が17頭いたのですが、彼らを養うためには年間で1000万円ほど必要でした。それでみんなでアルバイトをして稼いで。

細江 じゃあ大学の4年間は、馬術と勉強とバイトに明け暮れた日々だったわけですね。その後はどういった経緯で今に至るんですか?

瀧本 馬術部の先輩が、心理学のなかでも動物の心を知る研究をしている研究室に入っていたんです。その先輩が、卒論を書くために馬術で実験をしているのを見て、ああ、こういう学問もあるのかと。それをきっかけに動物心理学の授業を受けるようになったんですけど、大学で受けた授業の中で一番面白くて。その流れで私もその研究室に入ったんです。そこで勉強しているうちにさらにハマっていって、動物心理学の研究室のまま大学院に進みました。

馬術部の馬たちとの触れ合いから、研究テーマの基礎が生まれた


細江 大学院では、どんな研究をされていたんですか?

瀧本 大学・大学院時代の恩師は猿の心理の専門家で、先生や先輩に導いていただいて、猿の協力行動や感情に関する研究をしていました。動物が何を考えてその行動をしているのかをあぶり出すのはすごく難しいんですが、そのぶんその動物の心をうまく実験に引き出せたときには、すごくうれしくて。それは今も同じですが、ああ、この子たちはこんな能力も持っているのかと日々発見があって楽しかったですね。

細江 なるほど。その延長線上に今があるわけですね。

瀧本 はい。北大に行く前に東京大学でポスドク(博士研究員)をさせてもらっていたんですが、そのときの実験を手伝ってくれたのが、当時1年生で東大馬術部にいた中村くんやその仲間の学生さんたちでした。中村くんとはかれこれ5年くらいの付き合いになりますが、今回の実験では大車輪の活躍をしてくれました。

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▲瀧本准教授と共に研究を進めた東京大学大学院の中村航介さん


細江 そうだったんですね。中村さんは、もともと馬との関わりがあったのですか?

中村 いえ、まったくなかったです。自分でも曖昧なんですけど、なんとなく大学に入ったら馬に乗ってみたいなと思っていて。

細江 そうなんですね(笑)。瀧本さんは、馬術部に入った当時から、いずれは馬の研究をしたいというお気持ちがあったんですか?

瀧本 はい。そもそも動物の心に興味を持つようになったのは、馬術部での馬との出会いがきっかけですから。調教をするにしても、どうしたらもっとわかりやすく教えることができるんだろうとか、そういった疑問を持ったことが始まりでしたね。

細江 大学に馬術部に入ってくる馬といえば……

中村 元競走馬です。

瀧本 なにしろお金がなかったので、競走生活を終えた馬を譲っていただいていました。

細江 となると、“速く走る”ことから“我慢をする”ことへ、真逆のことを教えていかなければならないわけで、それを理解してもらうところから始まるんですね。

瀧本 そうですね。京大の場合は、ある程度育成牧場で慣らした状態で入ってくることが多かったのですが、それでもそれまで学んできたこととは全然違うことをやらされるわけで…。当然馬は最初いろいろと怖がるし、何を求められているかを理解するのも難しそうでした。私も、馬術部で過ごす最後の年に、一度競走生活を終えたばかりの4歳馬を担当したことがあったんですが、新馬特有の大変さがありました 。怖がりだったり、ちょっとしたきっかけで機嫌を損ねたり…。

細江 わかります。いますよね〜。ちなみに、名前は覚えていますか?

瀧本 競走馬時代はロングポセイドン(5戦未勝利)という名前で走っていました。おそらく競走するのが好きではないのか、大学の外に複数の馬でお散歩に行っても決して先頭には立たず、並んでも「どうぞお先に。僕は後ろからついて行きますんで」という感じで(笑)。だから、この子は競走馬には向いてなかったんだなと思ったりして。

細江 瀧本先生の研究は、そういう馬に「怖くないんだよ、もっと勇気を持って」と伝えるにはどうすればいいか、そのあたりから始まったんですね。

瀧本 はい。動物心理学にはいろんな学習の理論があるのですが、当然目標とする行動は最初からはできないので、少しずつレベルを上げて、できたら即座に褒める。そうすることで、何に対して褒められたのかを馬によくわからせるんです。その行動に対して、即座に褒めることが本当に大事で、そうしないと彼らは何を褒められたのかわからないんだと、理論的に学んだことで、調教がしやすくなったような気がしますね。

細江 よくわかります。まずは相手を知らなければいけないし、相手を理解することによってアプローチの仕方が見えてくるんですものね。

瀧本 おっしゃる通りです。馬のコミュニケーション能力を実験的に明らかにすることは、そのまま彼らを知ることに繋がります。その上でコミュニケーションを取ったり、何かを学ばせたりする。その基礎となる知識を自分たちで作っていくという作業を繰り返している感じですね。

(次回へつづく)

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