▲絶妙な逃げでインティをGI馬へと導いた武豊騎手(撮影:下野雄規)
先週は哲三氏も興奮したレースが目白押しのなか、やはり着目したのはフェブラリーS。武豊騎手の逃げは「なぜ他の先行馬が競りかけてこないのか」といったユーザーが気になるポイントを解説! 「豊さんの騎乗に今さら説明することなんか…」と言いつつ、来月50歳になるリーディングジョッキーのレースぶりを存分に語ります。とはいえ、もちろん騎手の好騎乗だけで大舞台のレースは勝てません。野中厩舎に見る、厩舎スタッフや騎手とチーム一丸になり馬を作っていく、元騎手の哲三氏ならではの競馬の醍醐味についてもお届けします。(構成:赤見千尋)
「何もしていない」の裏に隠されたいくつもの妙技
先週の競馬はすごく楽しいレースが多かったのですが、中でも日曜日のフェブラリーSは見ていてとても面白かったです。1番人気インティに騎乗した(武)豊さんが、レースを早めに支配して勝利。
豊さんの騎乗に対して今さら説明する必要はないかもしれませんが、スタートを決めたけれどもトップスタートというわけではなく、他にもっと速い馬もいました。でもそこで、『隣の先行馬を押さえてしまえばこのレースを支配できる』と睨んだのではないかと。その支配の仕方も見た目ではあまりわからないかもしれませんが、内に進路を切り替える時にペースを落とせるような、後ろが絶対に突いてこれないような態勢で入っている。ああいう形になると後ろは何もできなくなるんです。
東京の1600mを先行して勝つというのは、特にGIの舞台ではとても難しいことです。そこを他の馬に手出しできないようにするには、あのポイントしかない。スタートを切って向正面の真ん中辺でレースを支配するくらいの気持ち、後ろの馬に手出しさせないという乗り方をしないといけない。
■2月17日 フェブラリーS(6番:インティ)
「なぜ他の先行馬がもっと行かないのか」という意見もあると思います。例えば豊さんの内隣だったサクセスエナジーの松山君。スタート自体はインティよりも早く出ていました。ゲートを決めて出して行ったのに、自分より遅れていた豊さんの馬が途中から抜いて来て、それに対して競って行って自分の馬が最後まで残るのかと言えば、そこは判断が難しい。「何がなんでも行けよ」という意見もあると思いますし、実際そういう考えもあったかもしれない。でも、それを上回る圧を外から豊さんに掛けられたら、もう何もできなかったということではないかと。
圧というのはいろいろありますが、馬の圧と豊さんの圧、進入する時の角度だったり、いろいろな圧を内側に与えた結果、サクセスエナジーの先行力を抑え、さらにその内枠だったゴールドドリームのポジショニングを難しくした。もしもゴールドドリームが外枠だったら、もっと際どい勝負になったのではないかと想像しています。
▲ゴールドドリームがゴール前急追、もし外枠なら楽にポジションがとれ際どい勝負になっていたはず(撮影:下野雄規)
豊さんは今年絶好調で、リーディングトップの24勝を挙げています。本人は「何もしていない」と言っていますが、体の使い方などを見ていると、すごく工夫して体を作っていると思うし、コンディションの持って行き方だったり、今の年齢に合わせた自分の体のコントロールの仕方が上手くいっているのではないかと。来月50歳になるわけですが、インティを乗りこなしてああいうレースをしてしまうんですから、改めてすごいなと思いました。
野中厩舎のファインプレー チーム一丸で馬を成長させていく楽しみ
インティの頑張り、豊さんの技術も素晴らしいですが、そういう風に仕向けるように関係者は作って行ったはず。僕は野中厩舎のファインプレーも大きかったと思います。以前このコラムでテイエムジンソクに触れた時、『ダート1800mで1分51秒くらいで勝てる馬にできたらいいよね』という話をしました。ただ単にスピードで勝つというのではなく、自身のペースで他の馬を翻弄する力というのが、GIで先行馬が勝つための大きな武器だと思うからです。
インティは前走の東海Sで1分50秒を切るタイムで勝っています。一概には言えないけれど、そこはまだ引っ掛かるとか、抑えるのに多少無駄脚を使ってしまう部分があるのではないかと。時計を出さないようにしても、どう勝てるようにするかというのが先行馬の作り方だと僕は思います。
スピードが勝ちすぎる、前進気勢が勝ちすぎるというところで、どうしてもスピードに乗り過ぎてしまう部分と、体質が弱かった部分を持っていた馬ですから、陣営は細心の注意を払って試行錯誤して来たのではないでしょうか。ローテーションを見てもゆったりと使っていて、そこに馬を成長させるための工夫、馬作りへのこだわりが見える気がします。
もちろん、大きなレースやその馬に合うレースに向けて馬を作って行くというのもあるけれど、おそらく野中先生のやり方は、『この馬をどうしたいのか』というのがまずベースにあって、そこから先のことを少しずつ考えていくのではないかと。
僕が騎乗していたエスポワールシチーもそういう過程を踏んで、完成するまでは馬の状況に合わせてレースを選択していました。安達先生がそういう考え方で、スタッフと一緒に作っていったわけですが、今回の野中厩舎のやり方も僕は好きだなと。これから先もとても楽しみですね。
今週の注目コンビ
フェブラリーSでは藤田菜七子騎手が女性騎手初のGI騎乗ということでとても盛り上がりました。最後方から伸びて来て5着と健闘しましたが、僕が注目したのは菜七子騎手の兄弟子、丸山元気騎手です。
▲菜七子騎手がGI初挑戦のなか、兄弟子の丸山元気騎手がキッチリ結果を出した(c)netkeiba.com
日曜日は小倉で騎乗して、メインの小倉大賞典を勝利しました。僕は厩舎で働いていた人間なので、内側の人間関係を想像してしまうのですが、妹弟子にもカッコつけられる結果を出して、しかも内容も、小倉1800mの結果を出しやすい乗り方でしっかりまとめていた。今週トレセンで菜七子騎手に会った時、「俺は勝ったぞ、お前も頑張ったな」って言うことができるのではないかと想像して、微笑ましく思いました。
▲丸山元気騎手はステルヴィオとの初コンビ 2週連続の重賞制覇へ(c)netkeiba.com
今週は僕が前から応援しているステルヴィオに元気君が騎乗するということで、どんなレースを見せてくれるか楽しみにしています。