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「今日もどこかで馬は生まれる」(3) 命と向き合う現場の葛藤―1頭でも多くの馬を救うために

  • 2019年06月11日(火) 18時00分
第二のストーリー

▲サラブレッドの生産だけでなく、引退馬の繋養、預託にも力を入れてきた荒木牧場(提供:Creem Pan)


引退後も続く淘汰、競走馬が生き続けるためには…


 映画にはサラブレッドの生産の現場も紹介されていた。会社組織となっている大手牧場と、個人経営の牧場だ。大手牧場はコスモヴューファーム。初回でも紹介したが、この牧場では出産シーンが撮影されている。普通は横たわっての出産が、初産だった母馬は立ったまま産み落とそうとしていた。経験豊富な出口宰史さんが、冷静に母馬をアシストする。やがて母馬も横たわり、通常の出産へと移行した。母馬がうなり声をあげながら身をよじっていきむ。出口さんは母馬のいきみに合わせて、生まれかかっている仔馬の前脚を引っ張る。破水からおよそ15分で、仔馬はこの世に生を受けた。画面からも馬房内のホッとした空気感が伝わってきた。

第二のストーリー

▲母馬も仔馬も命を落とすことが多い出産、無事終わるとホッとした雰囲気に(提供:Creem Pan)


 同ファームで働いて4年目になる三宅優里さんもインタビューを受けていたが、前の年には母馬も仔馬もかなりの頭数が亡くなった、無事に成長するだけですごいと思うと、命と向き合う現場のはかなさと厳しさを伝えていた。出口さんも、お産が一番危険、命を落とすのが出産だと話す。だから無事出産するよう母馬をサポートするのが僕たちの仕事だと語った。
 
 一方、個人経営の荒木牧場代表の荒木貴宏さんは、父から牧場を引き継いで、1年365日、ほぼ1人で切り盛りをしている。サラブレッドの生産を行いながら、引退した馬の繋養、預託にも力を入れてきた。牧場の一角には、荒木牧場で晩年を過ごし天国へと旅立った馬の記念のプレートと遺影が飾られており、訪れたファンにも見てもらっている。そういう活動をしながらも、やはり生産が生業となっている以上、自らの牧場で生まれた馬は売ってお金に換えなければならない。映画では荒木牧場から上場された3頭中2頭は希望額以下の金額での売買、残り1頭は主取りというなかなか厳しい現実を映し出していた。一般ファンは目にすることができない、セリの裏側も垣間見えてとても興味深かった。 
 
 こうして購買された馬たちは、育成され、中央競馬の場合は東西の各トレーニングセンターの所属厩舎に入厩する。映画に登場したのは、美浦トレセンの鈴木伸尋厩舎だ。朝の調教前に各馬の脚元のチェックをする場面がある。鈴木厩舎では2人の調教助手と担当厩務員、そして師の計4人が競走馬の命とも言える脚元を触ってチェックをしていた。4人の目があれば、誰かが見落としても誰かが気づく。こうすることで競走馬の故障をいち早く発見したり、未然に防いでいるのだ。優勝劣敗の競馬の世界において、調教師の使命は馬を勝たせることだ。競走馬として生まれた馬はレースに出走して走ることが使命だと考え、鈴木師はこれまで調教師という業務にあたってきた。

 だが最近は「もちろん勝ちたいが、それより馬がフレッシュな気持ちで競馬に向かい、気持ち良くレースで走ることができるか…」という方向に変化しているという。だが3歳の夏までに1勝できないと、中央競馬で走り続けるのは難しいシステムになっており、その結果

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北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。

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