▲戸崎騎手にダービーをはじめ、春競馬を振り返って頂きます
今回の「今週のFace」は、ダービー2着など大舞台で好走を繰り返し、6月にはJRA通算1000勝を達成した戸崎圭太騎手が登場! GIから平場のレースまで内容の濃いレースを披露し続ける裏側には、今年から意識されたというスタンスの変化があったといいます。
そんななか迎えたダービーでは、惜しくも2年連続の2着に。着順は同じでも、その重みや捉え方は昨年とは全く異なり、自身初めてとなる経験もされたようで…。普段は紳士で淡々とした戸崎騎手が、自身の心中を春競馬の振り返りとともに吐露してくださいます。
(取材・文=不破由妃子)
レース前は、出走する全馬のスタートや癖を念頭に
──1000勝達成、おめでとうございます。
戸崎 ありがとうございます。
──JRA初騎乗から14年での記録達成となりましたが、やはり1000という数字は特別ものがありますか?
戸崎 そうですね。東京開催で999までいったんですけど、それからはずっと「あとひとつだ」と思いながら乗っていました。今までにも区切りの数字はありましたけど、その数字を前にそんな気持ちになることはありませんでしたからね。やっぱり「1000勝」は違うなぁという気がしました。
▲JRA騎手となった2013年から、3度のリーディングを経て1000勝達成!(撮影:下野雄規)
──さっそく春シーズンを振り返っていきたいのですが、GI成績は10戦2着3回、3着2回。馬券に絡んだ5回のうち、4回がタイム差なしという僅差の決着でした。戸崎さんにとって、今まで経験したことのないシーズンだったのではないかと思うのですが、どのように受け止めていますか?
戸崎 これまでもGIには数多く乗せていただいてきて、いくつか勝たせてもらっていますけど、なんていうのか…参加できているのかなっていうようなレースが多くて。でも、今年の春は、全体的に参加できている実感がありました。今までとは違う自分で臨んでいるという自覚もあって、それも大きかったのかなと思いますね。
──“今までと違う自分”とは?
戸崎 気持ちの面もそうですし、あとは準備の在り方だったり。準備でいうと、作戦を立てる作業により一層時間を掛けるようになりました。自分の馬に対してもそうですし、出走全頭のいろんな癖だったりを頭に入れるようになって。
──ということは、出走全頭の過去のレースをチェックされているということですか?
戸崎 そうですね。スタートの出方とか、スタートを出てからどのくらい速いのかなとか。そういうことを念頭にレースを組み立てると、じゃあ自分はだいたいこのくらいの位置になるのかなとか、いろんなパターンが考えられるので。そうすると、いざというときに慌てずに済むんですよね。
──なるほど。たしかにライバルたちのスタート直後の出方って重要ですものね。
戸崎 そう思います。それで位置取りも展開も変わってくるので。まぁもっと早くからやっていなければいけないことだったと思うんですけど(笑)。今までも、それなりに調べてはいたんですけどより細かくなりましたね。
▲ライバルの馬たちを分析して、より綿密に作戦を
──そういった準備に時間を掛けるようになったのは、いつ頃からなんですか?
戸崎 深くやり始めたのは今年に入ってからですね。乗り方についても、ずいぶんよくなってきたなぁと思うところもあって。あくまで感覚的なものなので、外から見てわかるものではないんですけどね。そういういろいろが噛み合って、レース内容も濃くなってきているのかなという感じはしますね。
──全馬のスタートの出方や速さに重きを置いて作戦を組み立てているということは、ダービーでサートゥルナーリアが出遅れた瞬間、作戦をスイッチされたりとか?
戸崎 まぁ多少切り替えたところはありますね。これはちょっとラッキーだなと思いながら。
2年連続でダービージョッキー誕生の瞬間を間近に見て…
──改めてダノンキングリーと挑んだダービーを振り返っていただきたいんですけど、最初の難関である1コーナーの入りはものすごくスムーズでしたよね。
戸崎 はい。あそこは気持ちがいいくらい上手くいきました。大事なポイントですからね、無事にクリアしてくれたなと思ったんですけど。
──それ以降も、ロスのない完璧な競馬に見えました。直線も「勝った!」と思った瞬間があったのでは?
戸崎 ありましたね。相手は後ろだと思っていたので、この手応えだったらかわされないだろうと。でも、残り200mあたりかな、「あれ? もしかして敵は前!?」と思って(笑)。そこでちょっと慌ててしまったところはありました。そこまではずっと冷静な自分がいたんですけど、そこからはなんか必死でしたね。
▲ダービーでは粘るロジャーバローズをクビ差捉えられず2年連続の2着に…(撮影:下野雄規)
──ご自身としては、そのあたりも勝敗をわけたポイントだと。
戸崎 そうですねぇ、もうワンテンポ追い出しを早めればよかったんじゃないかとか…。ただ、そうしていたからといって、結果が変わるかどうかはわかりませんからね。
──ダービーについては、ずいぶんレース映像を見返したそうですね。
戸崎 はい。ここまで何度も見返したことは今までになかったです。自分なりに敗因を探したかったし、「もしかしたら勝ってるんじゃないか」なんて思ったり(笑)。まぁそんなことはあり得ないんですけど(笑)。
──その言葉の裏にある悔しさのほどが伝わってきます。
戸崎 ちょっとね、ショックが大きかったというか。自分ではそれほどでもないと思っていたんですけど、なんかあまり疲れが取れなかったりして。振り返ってみれば、翌週1週間の僕はなんかおかしかったです。
▲「ダービー後1週間はなんかおかしかったなあと」
──そこまで後を引くというのは、戸崎さんのなかでは珍しいことなんですか?
戸崎 初めてでしたね。おそらく自分が思った以上にダメージを喰らってたんだと思います。去年のダービーも僅差で負けましたけど、そこまでダメージは受けなかったんです。でも今年は……。僕自身のダービーに対する思い入れが変わったっていうのが大きいのかな。
──ジョッキーにもよると思いますが、ダービーに対する価値観は、キャリアや経験とともに変わっていくという話はよく聞きます。
戸崎 わかります。僕自身、正直ダービーというレースに重きを感じていなかったというか、ほかのGIと一緒だと思っていたんです。でも、去年僅差の2着を経験したことで、ちょっと違う景色が見えたというか。「ダービーはやっぱりほかのGIとは違うな、来年は勝ちたいな」と思いながら1年を過ごしてきましたから。
──そんな思いで迎えたダービーで、首差の2着。その悔しさたるや察するに余りありますが、ゴール後すぐに勝った浜中さんに馬上から手を差し伸べられて。
戸崎 浜中もダービーを勝ったのは初めてでしたからね。これが2勝目の人だったら、「いや〜、俺に勝たせてくれよ〜」って思ったかもしれないですけどね(笑)。去年、祐一さんが勝ったときも「ああ、よかったなぁ」と思いましたし、今年もダービー初勝利ということで、心から「おめでとう」と言えたように思います。
──ジョッキーのみなさんが、口を揃えて「戸崎さんは紳士だ」という意味がわかったような気がします。
戸崎 いやいや、全然そんなことはないです。
▲ダービーを制した浜中俊騎手、戸崎騎手とは馬上でも検量室でも握手を交わしたという
──声を荒らげたりキレたりしているところを一度も見たことがないとよく聞きますよ。
戸崎 はらわたが煮えくり返っているときもありますけどね(笑)。表に出さないだけで。
──それを聞いて、なんだかホッとしました(笑)。
戸崎 負けた悔しさは、人にぶつけるものではありませんからね。そういえば安田記念(アエロリット2着)のときは、勝った祐一さんに言いましたよ。「ここはかわさなくていいでしょう。僕に獲らせてくださいよ」って(笑)。祐一さんも笑ってましたけどね。今年、宝塚記念には乗らなかったので、僕にとって春のGIは安田記念が最後だったんです。それもあって、ついついね(笑)。
(文中敬称略、次回へつづく)