不世出の名馬ディープインパクト、不屈の蹄跡に感謝を
2006年のジャパンカップ、願いがひとつに凝縮されて盛り上がっていた
レースを実況するのに、負けてほしくない、絶対に勝ってほしいと一頭の馬に強い思いを寄せることは、まず許されない。その公平であるべきレース実況でありながら、心情的にそうでなかったことがかつてあった。
そう、2006年11月26日のジャパンカップがそれだ。凱旋門賞で屈辱を味わったディープインパクトが、帰国初戦、それも年内で引退を決意して臨んだ大一番だった。抱いた夢が大きかっただけに、その落胆と失望は押えがたいものがあり、この暗雲をはらい名誉回復を果たしてほしいという願いが一層大きくなっていた。
単勝支持率の61.2%は、大舞台で必ず70%台を優に超えていたことを思えばディープインパクトにとり決して高いとは言えなかったが、マイクに向っていたときは他のどのレースよりも、勝つべきだという思いは強かった。
欧州年度代表馬でデットーリ騎手騎乗の世界最強牝馬ウィジャボード(英)、ドバイシーマクラシックを勝ち、キングジョージ3着と世界の一線級と渡り合ってきたハーツクライ、春の二冠馬メイショウサムソンにドリームパスポートの3着馬という顔ぶれで、出走馬は11頭と少なかったが、油断なく戦ってほしいと祈る思いでレースの流れを追っていた。
スローペースということは明らかだったが、終始最後方にいるディープインパクトから、目をそらすことは殆どできない。3コーナーを回り切ってからスパートを開始。先を行く各馬が内にコースを取った直線、大外から一気にひと捲り、全馬を豪快に抜き去るあのディープの強さ。
その走りとレース実況とが一体になる爽快さが戻っていることを実感していた。悪い流れを払って万感のゴールを告げたときには、ジャパンカップは勝つことを義務づけられたレースではなかったかと、その勝利が当然のことという気持ちになっていた。
東京競馬場の12万の大観衆は、スタートの時はいつものビッグレースとは違い、祈るような思いがあって静かに感じられたが、ゴールに向かうにつれ、全ての願いがひとつに凝縮され盛り上がっていた。
不世出の名馬ディープインパクト、その736日の競走馬生活の中で、こんなに多くの人間の心を揺るがした瞬間はなかったと思う。激流の渦の中にあったからこそ、そこから抜け出せたという感動は大きかった。
勝ちまくるその産駒たちの活躍を堪能できるのも残り少なくなったが、不屈の蹄跡と共にあったことに感謝したい。