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M.ミシェルは来日できるのか? 短期免許の条件緩和と不透明なビザ事情

  • 2020年08月31日(月) 18時02分
教えてノモケン

▲日本での騎乗経験もあるM.ミシェル騎手(写真左)やL.オールプレス騎手(写真右)(C)netkeiba.com


 2015年にオーストラリア伝統のG1、メルボルンCをプリンスオブベンザンスで優勝して大波乱を起こした女性騎手、ミシェル・ペイン(34)を描いた映画「ライド・ライク・ア・ガール」を見た。残念ながら、8月半ばで上映を終えた館が多いが、大手の配給会社だったこともあり、海外の競馬映画としてはアクセスが容易な部類だった。豪州でも屈指の競馬ファミリーとして、実に8人の騎手を送り出したパディ・ペイン調教師の末娘が、多くの困難を乗り越えて歴史を塗り替えるというシンプルなストーリーだが、実写を巧みに織り込んだレースシーンは迫力十分で、伝統ある競馬国であることが伝わってきた。

 ペインは来日したことはないが、国内でも昨年来、フランス出身のミカエル・ミシェル(25)の中央、地方への参戦をきっかけに、外国人女性騎手への関心が高まっている。こうした中、JRAは8月5日、外国人短期免許の発給条件改定を発表した。女性騎手にいわば「別枠」を設ける内容で、欧州やオセアニアから日本を目指す人が出てきそうだ。

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▲女性騎手として初めてメルボルンCを制したM.ペイン騎手(写真:本人提供)


女性最多勝を条件付き受け入れ


 JRAの5日の発表によると、主要競馬国の直近2年の女性最多勝騎手に対して、国ごとに条件をつけて短期免許申請の資格を認める。年間10勝以上をあげた上で、英国・フランスなら全体の50位以内、アイルランドは30位以内。ドイツや香港、ニュージーランドは10位以内に絞られる。北米やオーストラリアは施行者ごとの賞金格差が著しいため、北米なら「賞金ランク50位以内」が条件。豪州ならニューサウスウェールズ州やヴィクトリア州など「メトロポリタン」と呼ばれる格の高い地区で、30位以内に入る必要がある。このほか、直近2年の間にG1を優勝した場合も、免許申請の資格が発生するとされた。

 この措置は即日発効しており、対象者は今すぐにでも免許発給を申請できる。当日の配布資料には、18-19年に資格を満たした9人を記載した名簿もあった。話題のミシェルは18年に72勝をあげて女性最多勝(全体12位)となっており、年内に申請すれば有資格となる。過去に2度来日したリサ・オールプレス(45)は、ニュージーランドで直近2シーズンの最多勝となっており、来年までは申請が可能。

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▲昨年は最多勝を挙げたニュージーランドの名手・L.オールプレス騎手(C)netkeiba.com


 日本で名の通っていない有資格者も多い。英国のホリー・ドイル(23)は昨年、リーディング対象期間に63勝をあげて13位。今年7月にはニューマーケットのG2、プリンセス・オブ・ウェールズSをデームマリオットで重賞初制覇。同馬はフランキー・デットーリ(49)のお手馬だったが、デットーリが当日、ヨークで騎乗したために、お鉢が回ってきた。8月にも重賞3勝と勢いに乗る。

 フランスのコラリー・パコーは昨年、71勝をあげて全体13位に入った。だが、今年は29勝でマリー・ヴェロン、アクセユ・ニッコに続く3位。3人ともまだ21歳。ミシェルよりさらに若い。フランスは17年から女性騎手への減量特典を拡充したためか、女性騎手の層が非常に厚く、勝利数上位30人中、女性が7人を占める。ミシェルは今年11勝で女性騎手中14位(全体65位)。今年の成績では資格を得るのは難しく、中央で短期免許を取得するなら、年内に申請することが必須となる。

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▲昨年フランスで71勝を挙げたC.パコー騎手(写真右)も来日基準をクリアしている(C)netkeiba.com


 北米は18年女性最多勝で来日経験もあるエマ・ジェーン・ウィルソン(38=カナダ)が49勝で全体154位と資格に届かなかったが、19年のソフィー・ドイル(34)はG1のコティリオンSを勝ったため、有資格となっている。豪州でもニューサウスウェールズ州のレイチェル・キング、ヴィクトリア州のジェイミー・カーなど、地区の10位圏をうかがい、G1タイトルを勝った腕利き騎手がいる。

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▲北米で活躍しているS.ドイル騎手は、ゴドルフィンの主戦・J.ドイル騎手の妹(C)netkeiba.com


今年は「激戦区」が姿を消す?


 外国人騎手に対する短期免許資格の設定には、国内騎手の利害が絡む。日本人の若手騎手がなかなか育たない現実を前に、JRAは16年にいわば蛇口を絞る策に出た。北米地区に関しては賞金ランク30位以内を5位以内に絞る一方、欧州では英仏とアイルランドの10位以内だった設定を、英仏は5位以内、アイルランド3位以内に縮小。ドイツ、香港とオセアニア2カ国は5位以内だったが、香港と豪州を3位以内、ドイツとニュージーランドは1位のみを対象にするよう改めた。

 一方、「順位にとらわれず、海外主要競走で実績のある騎手に機会の拡大を図る」(16年5月=JRA免許課作成の資料)方向も打ち出された。具体的には、海外遠征馬に対する褒賞金支給対象競走リスト(当該レースを勝った馬が来日して、国内GIで上位に入った場合、褒賞金が支給される)に掲載されたG1か、日本のGIを通算2勝した騎手を、申請対象に含めた。昨年11月、デットーリが11年の日本ダービー以来の来日を果たしたのも、この規定が新設されたことが影響していた。こうした措置は様々な悲喜劇を生んだ。

 欧州の芝シーズン終了後の11-12月と1-2月は、トップクラスが集中するため、JRAでも「特定期間」と呼んでおり、他の時期なら問題なく免許の降りる騎手が、「一時期に5人」という制限で足止めを食う事例も見られる。昨年の場合、クリストフ・スミヨン(39)も久々に参戦したため、17年にホープフルSを勝ったクリスチャン・デムーロ(28)が、枠から押し出された。イタリアのレジェンド、デットーリの参戦で、同郷のクリスチャン・デムーロがはじき出された形と言えるが、デットーリは滞日中、兄ミルコ・デムーロ(41)の自宅から栗東に通っていたというエピソードもある。

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▲昨年は来日が叶わなかったC.デムーロ騎手(写真左)(C)netkeiba.com


 だが、今年はこんな光景は見られない可能性が高い。コロナ禍の余波で騎手が国境を越えることが非常に少なくなった。近年はこの季節になると、凱旋門賞遠征馬の動向が関心を集めていたが、今年は欧州長期滞在中のディアドラ以外は出走の予定もないほど。これでは11月になっても、例年のように欧州の主力級が殺到する事態は考えにくい。何しろ、日本は今なお実に世界の146カ国を入国制限の対象としており、9月にようやく在留資格を持つ外国人の入国を認める方向という。

来たくてもビザが出ない?


 実際、4月にダミアン・レーン(26)が豪州から来日した後、短期免許で来た人はいない。レーンは3カ月の免許期間を7月まで消化したため、年内の再来日も不可能だ。春にレーンが来日した際は、まだ入国制限措置が現在のように厳格になる前だったが、2週間の自主隔離を経て、皐月賞ウィークの4月18日から乗り始めた。豪州、ニュージーランドは島国で人口密度が低く、ウイルスが拡散当初は夏から秋で、感染が広がりにくい条件がそろっていたとは言え、タイミング的にはギリギリだった。

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▲2週間の自主隔離を経て今年も来日したD.レーン騎手(C)netkeiba.com


 ミルコ・デムーロやクリストフ・ルメール(41)は、「在留資格のある外国人」として国内で騎手活動を続けているが、2人が何か急な事情で帰国した場合、日本にいつ戻れるかわからない状況だったのだ。入国制限中の146カ国の中には、日本よりはるかに感染状況が落ち着いていた国もある一方、人道に反する面もあり、欧米諸国の不満が非常に強く、政府がようやく見直しに動いた。

 こうした状況を考えると、例えばミシェルが来日を希望していても、騎手活動に必要なビザが発給されるかどうかは不透明だ。欧州の場合、東アジアと比較でも感染状況が落ち着いたとは言い難い。防疫の観点で見てもハードルは高く、早くから指摘されてきたPCR検査の受け入れ能力の限界も、阻害要因として作用しそうだ。ミシェルの場合、短期免許だけでなく、JRAの通年免許獲得に向けて今秋の騎手免許試験も可能であれば受験する意向だが、これまたビザが必要である。

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▲今秋の来日を望んでいるM.ミシェル騎手(撮影:高橋正和)


 香港は9月6日から20-21シーズンが始まるが、通年で騎乗する外国人騎手の多くは既に、現地に入っているという。また、欧州のシーズン終了後に合流する一流どころも、ビザ発給には大きな問題はなさそうだ。香港ジョッキークラブは馬券発売だけでなく、サッカーくじの発売も一手に引き受け、香港特別行政区の財政を支えており、応分の政治力を持っている。在香港日本総領事館のホームページによると、7月15日時点で「海外から航空機で香港国際空港に到着したすべての非香港居民の入境を禁止」という状態だが、こと騎手に関しては例外扱いされる見通しだ。

多様なロールモデルに接する機会に


 ただ、コロナ禍が収束して各国から女性のトップ騎手が来ることになれば、意味は小さくない。JRAはまだ藤田菜七子騎手(23)1人だが、来年にデビュー予定者がおり、その後も毎年のように、女性の騎手候補生が競馬学校の門をたたいている。近年の少子高齢化と体格向上を考えると、騎手のなり手不足は今後、深刻さを増すと考えられ、女性騎手のロールモデルは多いに越したことはない。活躍する女性騎手と接する機会が増えることは、関係者にもファンにもプラスとなる。

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▲今年は中止となったWAJS、来年の開催を願うばかり(撮影:高橋正和)


※次回の更新は9/28(月)18時を予定しています。
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1964年1月19日、東京都出身。87年4月、毎日新聞に入社。長野支局を経て、91年から東京本社運動部に移り、競馬のほか一般スポーツ、プロ野球、サッカーなどを担当。96年から日本経済新聞東京本社運動部に移り、関東の競馬担当記者として現在に至る。ラジオNIKKEIの中央競馬実況中継(土曜日)解説。著書に「競馬よ」(日本経済新聞出版)。

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