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騎馬武者たちの聖火リレー

  • 2021年04月01日(木) 12時00分
 先週の木曜日、3月25日から、東京オリンピックの聖火リレーがスタートしている。

 初日は、東日本大震災の被災地である福島県のJヴィレッジで出発式典が行われ、楢葉町、広野町、川内村、いわき市、富岡町、葛尾村、双葉町、大熊町、浪江町というルートで、夕刻、世界最大級の馬の祭「相馬野馬追」の聖地として知られる南相馬市の雲雀ヶ原祭場地に到着。そこで20騎の騎馬武者たちが、初日の最終ランナーを出迎えた。

 本稿でたびたび紹介している小高郷軍者の蒔田保夫さんは、馬には乗らず、世話係として陣羽織姿で参加した。

 相馬の騎馬武者たちは、昨年も聖火リレーの準備をしていたのだが、周知のように、オリンピックの1年延期決定を受けて、直前に中止となってしまった。彼らは、伝統の相馬野馬追を世界に発信する機会として意気込んでいたのだが、空振りに終わった。

 私も早くから「島田さん、ずっと野馬追を取材しているんだから、聖火リレーも見に来るよね」と蒔田さんに言われており、行くつもりでいたのだが、キャンセルした。

 昨年7月末の相馬野馬追もコロナの影響を受け、震災の年よりさらに規模を縮小し、5つの郷(宇多郷、北郷、中ノ郷、小高郷、標葉郷)から10名ずつほどに参加者を絞り、出陣式や上げ野馬神事が行われるにとどまった。

 今年の聖火リレーは、日帰りで滞在時間を短くしてでも取材に行くべきかどうか迷っていたのだが、結局、自粛した。東京から来たというだけで嫌がる人もいるだろうし、自分が原因となって感染をひろめてしまう可能性がゼロとは言い切れないからだ。

 蒔田さんも、私に声をかけるべきかどうか、迷っていたという。

 今回、蒔田さんらは、南相馬市役所前で7騎による出陣式を行い、お先乗り、つまり、聖火ランナーの露払いとして街中を行進し、雲雀ヶ原祭場地で待機していた13騎と合流した。

「何か、不思議な感じでした。いつもの騎馬武者行列ならおれたちが主役なのに、今回は脇役でしょう。誰も見ていないわけではないんだけど、街の人はみんな、あとから来るランナーのことばかり気にしているんですよ」と蒔田さん。騎馬武者や聖火ランナーの撮影はしたものの、自分の写真はほとんどない、と笑っていた。

 東京でオリンピックが行われるのは、私が生まれた1964年以来、2度目になる。ほぼ確実に、私が死ぬまで3度目はない。

「去年中止になっただけに、実施できてよかったですね」

 私が電話でそう言うと、蒔田さんは、「ええ。こんな機会はもうないでしょうから」と答え、その後、騎馬武者行列と聖火ランナーの写真を送ってくれた。

 彼以外にも、「待っていた一年越しの聖火リレーが見られて幸せだった」という人が、実際に被災地にいたことは事実だ。

 この日は、出発式典に、サンドウィッチマンの伊達みきおさんと富澤たけしさん、女優の石原さとみさんらが出席していた。そして、聖火リレーのランナーとして、いわき市のスパリゾートハワイアンズを描いた映画「フラガール」に出演した南海キャンディーズの山崎静代さん、女子サッカーのなでしこジャパンからは、岩手出身の岩清水梓選手、東京電力マリーゼに所属していたこともある鮫島彩選手らが走った。

 聖火リレーに関して、それ以前に、東京オリンピックの開催に関して否定的な見方をしている人が多くいるのはもちろん承知している。そのうえで私の個人的な考えを言うと、一度やると決めたなら、開催できる可能性がゼロになるまで、実施に向け、あらゆる手を尽くし、やれることはすべてやってほしいと思っている。

 一緒にするなと言われそうだが、それは、自分が数百枚の小説やノンフィクションを書いているとき、いつも自身に言い聞かせていることでもある。途中で諦めるのは簡単で、やめるのは誰にでもできる。しかし、やめたら、私の場合は何者でもなくなり、そして食えなくなる。

 これからも聖火リレーはつづき、ランナーの姿に勇気づけられる人々もたくさん出てくる。

 プロ野球も今年は有観客で開幕し、センバツ高校野球でも熱戦が繰り広げられ、中央競馬のGIにも観客が戻ってきた。

 このままなし崩し的にオリンピック開催に持ち込めばいいなどと言うつもりはないが、とにかく、私はスポーツの力を信じたい。

 今年の相馬野馬追はどのような形で行われるのだろうか。蒔田さんによると、小高郷としては、昨年のような縮小開催にするか、行列をやめて、雲雀ヶ原祭場地での競馬と神旗争奪戦だけにするか、それとも通常開催にするか――という3つの選択肢を騎馬会に提示したとのこと。結論が出るまで、まだしばらく時間がかかるだろう。

 通常開催なら400騎から500騎ほどが参加することになるわけだが、その8割以上、おそらく9割ほどが元競走馬だ。角居勝彦元調教師や福永祐一騎手らがプロモーションに関わっている引退馬の余生に関して、相馬野馬追は、非常に大きな「第2の就職先」になり得るのである。

 形はどうあれ、千余年の伝統が、今年もつながれようとしている。相馬野馬追執行委員会のサイトを見ると、今年の日程は未定となっているが、蒔田さんが送ってくれたポスターには、7月24日(土)、25日(日)、26日(月)とプリントされている。東京オリンピックは、一部の競技は7月21日(水)から始まり、開会式は7月23日(金)を予定しているようだ。

 私たちは、どんな7月末を迎えることになるのだろう。願わくは、胸躍る時間であってほしい。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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