桜花賞と同じ4月11日、中山芝1200mで行われる春雷ステークスに、アユツリオヤジ(牡7歳、父サウスヴィグラス、栗東・村山明厩舎)が登録している。
ユニークな馬名で知られるこの馬は、昨年7月11日のテレビユー福島賞を5馬身差で逃げ切り、オープン馬となった。デビュー5年目、36戦目にして初めての芝のレースで圧勝したのだから、恐れ入る。16頭中12番人気で、単勝は47.2倍もついた。
「アユツリオヤジ、止まりません」というゴール前での実況を覚えている人は多いのではないか。
アユツリオヤジを生産したのは、浦河の鮫川啓一氏(鮫川啓一牧場)である。
今年種牡馬となったブルドッグボス、府中牝馬ステークスなどを勝ったオースミハルカ(アユツリオヤジの2代母)、その半弟で新潟大賞典などを制したオースミグラスワンも同牧場の生産だ。鮫川啓一氏の父・三千男氏の代には、1979年のダービー馬カツラノハイセイコを送り出している。
アユツリオヤジも、オースミハルカ、オースミグラスワン姉弟も、そしてカツラノハイセイコも、1907(明治40)年にイギリスから輸入された「小岩井の牝系」を代表する1頭、フロリースカツプの血を引いている。ウオッカ、メイショウサムソン、スペシャルウィークなども、そうだ。
そのフロリースカツプの孫にあたる牝馬スターリングモア(父シアンモア)を、1932(昭和7)年、鮫川啓一氏の曾祖父・鮫川由太郎氏が導入した。百円で家族4人がひと月生活できた時代に、1万円で小岩井農場から購入したのだという。
やがて、スターリングモアの孫にあたる牝馬トサモアー(父トサミドリ)が、「鮫川血統」の基幹となる牝系を形づくっていく。
アユツリオヤジの5代母が、このトサモアーである。オースミハルカ、オースミグラスワン姉弟の3代母ということになる。
今も、鮫川啓一牧場にいる繁殖牝馬の9割ほどがこの牝系なのだという。
つまり、鮫川啓一牧場にとってのトサモアーは、ノーザンファームにとってのエアグルーヴとシラユキヒメを合わせたような存在と言えるわけだが――。
先週の大阪杯を4馬身差で圧勝したレイパパレの6代母も、トサモアーなのである。
レイパパレはノーザンファームの生産馬だ。父ディープインパクトも、母シェルズレイも、母の父クロフネも、そして2代母オイスターチケットも金子真人氏(金子真人HD)の所有なので、「金子真人血統」というイメージが強い。牝系に関して言えば、母と、母の父、2代母を管理したのは松田国英元調教師だから、「マツクニ血統」と言うこともできる。
そうした血を宿すレイパパレを、松田厩舎で厩務員、調教厩務員、そして調教助手として働いた高野友和調教師が管理し、GI制覇をなし遂げた。人と馬のつながりが、6戦6勝での古馬GI制覇という、1984年のグレード制導入以降最少タイの素晴らしい記録を生み出したのだ。
その背景に、前述した「鮫川血統」があった。
鮫川由太郎氏がスターリングモアを購入し、トサモアーを生産していなければ、レイパパレは誕生しておらず、あの圧勝劇もなかったのである。
レイパパレをはじめ、シェルズレイの仔たちが活躍すれば、トサモアーの株も上がり、「鮫川血統」の価値もより高まる。つまり、アユツリオヤジの輝きも増すわけだ。
もちろん、アユツリオヤジ自身にも頑張ってもらいたいし、鮫川啓一牧場からどんなトサモアーの末裔が登場するのかという、その楽しみがどんどん高まる。
かつて、社台ファーム生産のダイワメジャーとダイワスカーレット兄妹が脚光を浴びたのとほぼ同時期に、ノーザンファーム生産のサカラート、ヴァーミリアン兄弟が活躍したことがあった。米国産の牝馬スカーレットインクが、ダイワメジャーとダイワスカーレットの2代母であり、サカラートとヴァーミリアンの3代母でもあった。
アユツリオヤジとレイパパレよりずっと近い間柄ではあるが、このスカーレット一族の2組のように、同じ牝系の頑張りに刺激を受けるのか、枝分かれしたほかの馬たちも活躍することがままある。
書いているうちにアユツリオヤジの応援馬券を買いたくなってきたが、手元の資料によると、春雷ステークスの出走馬決定順は、40頭中24番目だ。来週、中山ダート1200mで行われる京葉ステークスに回るのだろうか。
この馬も、大井の3歳牝馬スモモモモモモモモも、実況で馬名を呼ばれるのを聞くだけで嬉しくなる。
頑張れ、アユツリオヤジ。
仕事場から見える川沿いのソメイヨシノがすっかり葉桜になった。
競馬がスケジュールどおりに開催されていることのありがたみを忘れつつあるが、春の楽しみがこのままつづくことを願いたい。