▲開業から3カ月、四位調教師に直撃インタビュー (撮影:山中博喜)
ダービー連覇を果たした名手であり、卓越した騎乗技術で多くのホースマンのリスペクトを集めてきた四位洋文騎手が引退して、早1年以上が経ちました。今の肩書は新人の“調教師”。今年の3月に開業し、騎乗する後輩騎手たちに程よい緊張感を与えながら(笑)、順調に勝ち星を重ねています。
馬から降りた名手の“競馬”へのこだわりは、新たな形で「馬作り」「人作り」「厩舎作り」に着々と活かされています。四位調教師がどんな“我が城”を築いているのか知りたい! 企業秘密であるのは重々承知の上、netkeibaでは1か月にわたる“四位厩舎特集”として、その秘密に迫ります。
(取材・構成=不破由妃子)
記念すべき初陣は福永騎手の手綱で
──開業されて、丸3カ月が経ちましたが、5月末時点で54戦3勝。やはりジョッキー時代とは一戦一戦の重みが違いますか?
四位 全然違いますね。ジョッキーは、東西で100以上ある厩舎のなかから依頼をもらって、毎週いろんな馬に乗せてもらうわけですけど、新人調教師の僕は18馬房からのスタート。入れ替えはあるにしても、常に限られた馬房数で結果を出していかなければいけないわけですから、本当に大変な仕事だなと感じています。
──そうですよね。記念すべき初陣は、福永騎手とのコンビでした(3月6日・阪神3R・3歳未勝利・テイエムジャガー5番人気4着)。調教師として初めて人馬を送り出す心境は、想定内のものでしたか?
四位 そうですね、とくに緊張することもなく。祐一が「僕、乗ります」って言ってくれてありがたかったんですけど、上位人気になるような馬ではなかったので、ちょっと申し訳ないなと思ったり。逆に気を遣いました(笑)。
──後輩ジョッキーも四位厩舎の馬に乗るときは緊張しそう…。すべてを見透かされそうで。
四位 ああ、それはあるかも(笑)。後輩ジョッキーたちが緊張して乗っているのがわかります。細かいミスもバレますからね(笑)!
──初勝利は2戦目の3月7日(小倉8R・4歳上1勝クラス・サマービート5番人気)、(藤岡)佑介騎手の手綱でしたね。昔から親しくしている後輩との勝利は、喜びもひとしおだったのでは?
四位 それはもちろん。しかも、上手いこと乗ってくれてね。直線では思わず「佑介、行け!」って声が出ました。ゴールでは僕のほうを向いてガッツポーズをしてくれて、うれしかったですね。僕自身でいえば、騎手を引退してから1年近く勝利の味から遠ざかっていたので、久々の味だなぁと思いましたね。
▲「僕のほうを向いてガッツポーズをしてくれて、うれしかったですね」 (撮影:山中博喜)
──佑介騎手といえば、四位調教師が試験に合格された際の対談で、「早く四位さんに『お前ら乗り役はただ乗っているだけでいいよなぁ。調教師は大変なんだよ』って言われたい!」なんて話していましたが、もうそのリクエストには答えました?
四位 いえ、まだです(笑)。ただ、「阪神からの帰り道って、こんなに遠かったっけ…」っていう話はしたかも。
──帰り道が遠い?
四位 ジョッキーのときは、どんなに着順が悪かったとしても、さすがにレースをしたあとなので、競馬場を出るときもまだアドレナリンが出てたんですよね。ハイテンションのまま帰るから、帰り道がどうとか考えたこともなかったけど、調教師は全然違って…。
一日を通してすごく冷静にレースを見ているわけで、使った馬が全部二桁着順だったりすると、もうタメ息しか出てこない(苦笑)。そりゃあ家までの道のりも長く感じますよね。
──ジョッキーから調教師になった方の“あるある”だったり。
四位 そうかもしれませんね。確かに、ひとつ勝つことはもちろん、惜しい2着や3着があっただけで、「悔しかったなぁ。次はどこを使おうかなぁ」とか考えながら、興奮したまま帰れる(笑)。
──それはもう勝負師の性ですね。
四位 定年された先生方から、「慌てるなよ。軌道に乗るまでには3、4年はかかるからな」とよく言われましたが、開業してみて「なるほどな」と。その言葉の意味を実感しています。競走馬は小さなことの積み重ねが大事。まさに「小さなことからコツコツと!」です(笑)。
四位厩舎は「世界基準をコンセプト」に
──さて、今回取材を申し込んだのは、四位調教師ならではの“こだわり”をちょっと小耳に挟んだからです。もちろん企業秘密もあるでしょうが、調教師としての考え方や目指す厩舎作りについて可能な限り掘り下げて、いろいろとお聞きしていきたいと思っています。まずは、スタッフの方たちについて。調教師は社長でありながら、従業員を選べないと聞いたことがあります。そのあたりの難しさは、どう受け止めていますか?
四位 今年からそのルールが変わったんですよ。解散が決まった厩舎のスタッフたちは、次にどこの厩舎に行きたいか、リクエストを出せるようになったんです。で、開業する調教師は、そこから欲しいと思った人材を採ることができるんです。
──そうなんですね! それは大きなルール変更ですね。
四位 その結果、一緒に働きたいなと思った人がきてくれたし、ウチのスタッフたちは本当に100点満点です。ものすごくよく働いてくれています。僕はほぼ毎日、しかも朝から夕方まで厩舎にいるんですけど、だから働かざるを得ないのかなと思ったり(笑)。
──「早く帰れよ!」と思われていたりして(笑)。
四位 そうかもしれません(笑)。
──それにしても、そんなに長い時間、厩舎にいらっしゃるんですね。午前中しかいない調教師さんも多いような。
四位 なんかね、ずっといる(笑)。今だと夜中の3時半くらいに起きて、厩舎に行って調教を見て、午前中の仕事はだいたい10時くらいに終わります。そのあと4時間くらいは馬も休むから、その間は厩舎の部屋のほうにいて、そのあとまた馬の様子を見て。
やっぱり気になるんですよね。あんまり気にしすぎると馬も嫌かなと思うから、ちょっと見に行くのを我慢したりしています(笑)。僕にとってはアッという間なんですけどね。今の時期だと午後は3時半くらいにご飯をあげるんですけど、2時半くらいから僕は“ニンジンおじさん”になるんです。
──ニンジンおじさん!?
四位 そう。いろんな馬にニンジンをあげて回ってるんです。好きなんですよ、ニンジンをあげるのが。みんな、馬はニンジンが好きだと思っているでしょ? でも、違うんですよ。とくに2歳馬はニンジンの味を知らないから、最初は警戒して食べないんです。
▲ニンジンおじさん、出現! (撮影:桂伸也)
──入厩前に、牧場であげたりしてないんですか?
四位 見たこともないでしょうね。だから、食べられるようにするために、ニンジンおじさんが教えてあげてるの(笑)。毎日あげていると、馬がニンジンを認識してくるのがおもしろいんです。僕が手ぶらで馬房の前を通ると、「あれ? 今日はないんですか?」みたいな目で見てくる(笑)。そういうのがおもしろくて、1頭1頭に話しかけながらコミュニケーションを取っているんです。
──そういう姿をスタッフさんたちも見ているんですか?
四位 見てますよ。僕がスタッフによく言うのは、「もっと馬に話しかけよう」っていうこと。「人前でカラオケを歌えるんだから、恥ずかしいことないでしょ?」って言うんですけどね(笑)。でも、国民性なのか、照れがあってなかなか…。
やはり海外のホースマンは日本人よりもはるかに馬との距離感が近いですよね。たとえば、馬の後ろに立つと「蹴られる! 危ない!」って日本人の多くは認識していると思いますけど、馬は身の危険を感じた時に防御本能で蹴るのであって、常に馬と会話してコミュニケーションを取っていれば馬も安心するので大丈夫なんです。
▲馬との距離の近さは騎手時代からずっと変わらず (提供:四位洋文厩舎)
▲「馬を感じろ」これがホースマンとしての信念 (撮影:桂伸也)
──そうなんですか? 取材の際、後ろに立たないようにめっちゃ気をつけていました。
四位 普通に認識していたら、馬は蹴りません。僕の厩舎では、馬房の入り口に馬のお尻がありますよ(笑)。
──えッ!? 私が知る限り、みんな馬房の入口を向いて繋がれているような…。
四位 そういう厩舎が多いですよね。でも、最近はこのスタイルが多くなってきています。
▲馬の特徴に寄り添った、馬房内でのつなぎ方 (提供:四位洋文厩舎)
──後ろ向きに馬房に入れるメリットは?
四位 馬が安心するんですよ。入口のほうを向いていると、人の動きが目に入って怖がったりすることがあるけど、後ろを向いていればゆっくりできますから。馬房に入るときも、馬に話しかけて安心させることで人を蹴らないように馬自身の教育にもなりますしね。
僕の厩舎のスタッフには、世界基準をコンセプトに、どこに行っても恥ずかしくない仕事ができるホースマンになるよう頑張ってもらってます。
(文中敬称略、次回は6/21に公開予定)