▲世界の矢作調教師が惚れる超一流アスリートとは (C)Racing Photos
どの世界にも“一流”と言われる人がいる。例えば競馬界なら、言わずと知れたレジェンドジョッキー武豊騎手や、三冠馬コントレイルを管理する矢作芳人調教師など。
この二人をも魅了する一流アスリートが競輪界にいる。村上義弘(46歳)、その人だ。この二人は実際に村上選手と親交も深いと言うが、村上選手のどこに惹かれてやまないのか。
「netkeiba」の姉妹サイト「netkeirin」で村上選手の連載コラムがスタートするのに合わせ、矢作調教師がその深い魅力を余すところなく証言する。
(文=矢作芳人)
村上義弘かそれ以外か。全盛期の村上には大袈裟でなく、それだけの魅力と存在感があった。
ただ強いだけの選手なら他にもいた。だが村上は暗黒時代の近畿ラインを1人で背負う孤高の存在であったにも拘らず、自分が勝つだけでなく、弟博幸をはじめとする仲間たちの力を引き出していったことを競輪に関わるすべての人が知っていた。
彼はその恵まれない体格の背中から、黙ってその信念を発信していた。だから今でも近畿の若手は村上と同乗すると、彼のために死に物狂いで走るのだ。
▲競輪界のレジェンド、村上義弘選手 (撮影:島尻譲)
もちろん実績も申し分ない。日本選手権(競輪ダービー)は2連覇を含む4V、競輪グランプリ2V。
その中でも忘れられないのは大雨の中で行われた2012年の京王閣GPだ。この時の村上は練習中に落車して肋骨を骨折、それをあえて公表してレースに臨んだ。
さすがに無理だと思った。展開的にも近畿は1人だけで単騎、車券的には一銭もいらんと。しかし彼は俺の推理を嘲笑うように3番手からひと捲り、成田和也の追撃を凌ぎ切った。
俺はやったぞと繰り返し手を挙げる村上の姿が眩しかった。いつの時でも応援して買っていた彼を信じきれなかった自分の浅はかさを呪った。薄くなった財布よりも心が痛かった。
気を取り直して送った祝福メールには祝杯を挙げようと打った。でも俺は未だかつて村上を個人的に食事や飲みに誘ったことがない。パーティーで会ったりすれば気安く話ができるのに、それ以上彼の領域に足を踏み入れるのが怖かった。
この頃の彼には、その孤高の雰囲気と強烈なストイックさから、周囲を寄せつけないものがあったのだ。まわりは話しかけるだけで緊張してしまい、その間には大きな見えない壁が存在していた。
▲孤高の雰囲気と強烈なストイックさ、その存在感は別格 (撮影:島尻譲)
しかし年月を経て、村上は選手としてだけでなく、人間的にも熟成したように感じる。以前にはなかった丸さが前面に出てきたのである。
それだけに今回の彼の連載には友人として、また1競輪ファンとして大いに期待している。人間的な魅力を増した今の村上なら、彼にしか伝えられない競輪の奥深い魅力を必ず伝えてくれるだろうから。
そしてこの暗い時代に出口が見えた時、初めて彼を飲みに誘ってみようと思う。
その時は頼むぞ義弘!
(文中敬称略)