05年の有馬記念でディープインパクトを抑えGI初制覇となったハーツクライ (撮影:下野雄規)
種牡馬引退が発表されたハーツクライ。現役時代は国内外でGIを2勝、種牡馬としても多数の活躍馬を送り出してきました。
そんなハーツクライといえば、あのディープインパクトに国内で唯一、土をつけた馬。
あの日、ハーツクライはなぜ最強馬に勝つことができたのか…当時、同レースに騎乗していた競馬評論家の佐藤哲三氏が、ジョッキーの視点から勝因を振り返ります。
(構成=赤見千尋)
「古馬になったらすごい馬になる」レースで感じた可能性
ハーツクライの現役時代の印象というと、やはり2005年の有馬記念を思い出す方が多いと思います。あの時はディープインパクトが初めて負けて、同じレースに騎乗していた僕も場内のどよめきと大歓声が聞こえました。ただあのレースは僕自身にとっても大切なレースで、タップダンスシチーとのラストランだったんです。
いつもはライバルのことをみっちり考えてレースに挑みますが、この時はタップダンスシチーのカッコいいところを少しでも長く見せたいという気持ちが強かったです。レースはもちろん逃げに持ち込み、先にハーツクライに抜かれて、遅れてディープインパクトにも抜かれて、という形で12着でゴールしました。正直に言えば勝った馬のことよりも、レース当日に引退式をやらせていただきましたから、そのことで頭がいっぱいでした。
僕自身のハーツクライの一番強い印象というのは、2004年の日本ダービー。キングカメハメハが勝ったレースです。僕はキョウワスプレンダに騎乗していて、13番人気と人気はなかったけれど、とても状態が良く一発を狙ったレースをしました。
4コーナーで馬群が外に流れるレースになり、もちろん目標にしていたのはキングカメハメハと安藤(勝己)さん。キングカメハメハが早めに抜け出して先頭に立ち、そこを目指して追っている時、なんとか追いつけるんじゃないかという感覚がありました。結果的には追いつけずに4着でしたが、乗っている感覚としては一瞬そう感じたんです。
対して2着だったハーツクライは、後方から直線外を伸びて行った時、「全然追いつかないな」と感じました。早めに抜け出したキングカメハメハと、後方から伸びて来たハーツクライではレースの形が全然違うわけですが、スピード感覚で言うと、ハーツクライに交わされて行く時の加速感がものすごくて。スピードの持続力に長けた馬なんだな、古馬になったらすごい馬になるだろうなと思いました。
瞬発力勝負の馬VSスピードの持続力を活かす馬
話を2005年の有馬記念に戻すと、このコラムのテーマである「あの時なぜディープインパクトは負けたのか」のヒントは、今お話ししたことにあると思っていて。
ディープインパクトは瞬発力勝負の馬であり、ハーツクライはスピードの持続力を活かす馬。ディープインパクトに勝とうとしたら、切れ味勝負に持ち込まれたら分が悪いわけです。あの時、クリストフ(・ルメール騎手)は3度目の騎乗でハーツクライを先行させました。先行して、早めにスピードに乗ればそのスピードが持続する。ディープインパクトに勝つにはこの戦法が効果的であるという判断だったと思います。
僕は日本ダービーでインティライミに騎乗して、ディープインパクトと走るとなった時、やはりディープを負かすには先行してスピードを継続させることが有効ではないかと考えました。その通りのレースをしてインティライミもよく頑張ってくれましたが、結果は5馬身差の2着。でも2005年の有馬記念を見て、当時の考えは間違いではなかったんだなと。
もちろん相手はディープインパクトですから、戦略や戦法だけで勝てるような相手ではありません。ハーツクライ自身のポテンシャルが相当高かったからこそ、そしてクリストフが最高の乗り方をしたからこその結果だったと思います。
「クリストフが最高の乗り方をしたからこその結果」と回顧 (撮影:下野雄規)
こういう言い方をすると、それならばどうして最初から先行馬にしないんだと不思議に思う方もいるかもしれません。そこが競馬の難しいところで、馬は生き物だと言うことです。これは馬自身の体形や性格などにもよりますが、最初から先行馬に持って行こうとすると上手くいかないことがあります。
タップダンスシチーだって、最初から逃げ馬だったわけではありません。僕が乗る以前に乗っていたジョッキーたちが、苦労して苦労してハミ受けなどをしっかり教え込んでくれた。僕はそのリズムを前で活かすようにした、というわけです。
ハーツクライも成長段階で後方からのレースをしてきたことにより、2005年の有馬記念で先行してもしっかりと脚を使えるように成長したのではないでしょうか。いろいろなことが積み重なって、あの有馬記念に繋がっていると。
僕の中では、ハーツクライはスピードの持続力に長けているというイメージが強いですし、結果を出している産駒はほとんどがこの部分の良さを受け継いでいますよね。種牡馬引退というのはさみしいですが、今後も産駒たちの活躍に注目していきたいです。
(文中敬称略)