▲ノーザンファーム天栄の木實谷雄太場長 (19年3月撮影)
グランアレグリアやステルヴィオなど、2歳6月の早い段階でデビューし、その後GIタイトルを獲得する馬が近年、増えています。彼ら/彼女らの共通点は「ノーザンファーム天栄育成馬」。
かつて、素質馬は秋にデビューする馬が多い印象でしたが、どうやらその概念は覆されつつあるようです。今年も新馬戦がスタートした最初の週に前評判の高いコマンドラインが見事勝利を挙げました。
なぜ素質馬の早期デビューが叶うのか、その先に見据えるものとは―― ノーザンファーム天栄の木實谷雄太場長に伺いました。
(取材・構成=大恵陽子)
※このインタビューは電話取材で行いました
コマンドライン「お盆前後には具体的に」
――今年最初の東の新馬戦をコマンドラインが勝利。おめでとうございます!
木實谷雄太場長(以下、木實谷) ありがとうございます。
――デビュー前から評判の高い馬でしたが、ノーザンファーム天栄に入厩したのはいつでしたか?
木實谷 美浦トレセン入厩前に北海道からの輸送の疲れを取るために3月18日にこちらに立ち寄って、翌日に美浦トレセンに入厩し、ゲート試験に合格後、4月1日にこちらに再び入厩しました。3月にこちらに立ち寄った時に比べると、急ピッチでトレセンでも練習してきていましたので、少し疲れが見られるような感じでした。
――疲れが取れた後の馬体や動きはいかがでしたか?
木實谷 疲れ自体はすぐに取れましたし、毛ヅヤもすぐに良くなって、順調に東京開催でのデビューに向けて進められました。調教の動きも北海道から聞いていた通り、素晴らしいものでした。
――改めて、コマンドラインの新馬戦を振り返っていかがですか?
木實谷 スタートしてすぐに躓くようなところはあったんですけど、道中は折り合いもついていました。強いて言えば直線に入ってからもう少し反応が早ければよかったんですけど、まだ若い馬ですので、まずは勝ったという事実が大きいと思います。
――ひとつ勝つことで、この後に見えてくるローテーションも広がっていくと思います。今後についてはみなさんどういった感じで話し合われているのでしょうか?
木實谷 先週、国枝先生もこちらに来場されて状態を確認されました。秋は使うレースがそんなにたくさんあるわけではないので、お盆前後にはある程度具体的に決まるんじゃないかなと思います。
▲今年最初の東の新馬戦を勝ったコマンドライン (撮影:下野雄規)
より強い下地づくりをした2歳世代
――これまでに早期デビューをしたサリオスやグランアレグリアなどがのちにGI馬となりました。早期デビューにどのような手応えを感じていますか?
木實谷 方針というほど改めて決まっているわけではないんですけど、調教師の方々も含め、みなさんの感触のいい馬からシンプルにデビューさせていくというのが大事かなと思っています。
基本的に2歳馬たちは北海道での調整がメインですので、簡単に言えば北海道での動きの感触がいい順番にこちらに来ます。この世代で言えば、私も昨年の11月と、今年の3月にノーザンファーム早来・空港に足を運び、進捗状況を確認しているのですが、現地のスタッフたちと情報を共有してデビューに向けてのスケジュールを調整するようにしています。
――早い時期から調教に耐えうる体力を備えているということは、それだけですごいことだと思うのですが、馴致など北海道にいる時点から取り組みが何か変わったのでしょうか?
木實谷 馴致からだけではなく、1歳時の放牧の時間だったり、極端な話を言えば、繁殖時のお母さんの管理など、毎年試行錯誤しながらやっています。繁殖やイヤリングのそうした取り組みが早い時期から乗り込める「丈夫な馬」の下地作りをしており、天栄だけでも育成だけでもなく、ノーザンファーム全体としての取り組みがちょっとずつ結果に出ていると思います。
――お母さんのお腹の中にいる時から強い馬づくりは始まっているんですね。
木實谷 そうですね。やはり健康なお母さんが丈夫な子供を産むということは、当たり前のことだと思います。
――素質馬はじっくり秋にデビューという印象がありましたが、早期デビューさせることのメリットは何でしょうか?
木實谷 やはり1回の競馬は若馬にとって、いい意味での刺激と言いますか、競馬もトレーニングの一つだと思っていますので、精神的にも身体的にも成長を促すことにつながると考えています。早くデビューできれば、クラシックに向けて経験できる出走数も多くなりますし、そういう意味では有利だと思います。
たとえば、ゲート試験に合格してノーザンファーム天栄に帰ってくる馬を見ても、余計な仕草をしなくなって「あ、社会勉強してきたんだな」という印象があります。いろんな場所やシチュエーションを経験していくことは精神面での成長を促していく上で大事なことだと思います。
――ノーザンファーム生産馬は毎年素質馬揃いですから、早期デビューでレースの選択肢が増えると、その分棲み分けもできるのかな?と考えます。
木實谷 ノーザンファーム育成の美浦所属馬は毎年250頭前後いるのですが、1頭でも多く勝ち上がらせていくためには、いい意味での交通整理をしていかないといけないことも事実としてあるわけで、使う番組をある程度こちらが整理していく中でご協力いただいた調教師の方々や関係者のみなさんには感謝しています。
――ここまで早期デビューのメリットなどを伺ってきましたが、反対に「こういうタイプは早期デビュー向きではない」というのはどういう馬でしょうか?
木實谷 調教後の回復が遅いとか、飼い葉食いが安定しないなど体質的に物足りなさを感じる馬ですかね。競馬をさせるにはまだ心もとない馬は少し待つようにはしています。
少し前の話になりますが、レイデオロも6月にはゲート試験に合格したんですけど、精神的な若さや調教後の疲れの回復に少し時間がかかる印象だったので、デビューを秋にしました。その辺りは1頭1頭見て対応していくことが大切かなと思います。
▲17年の日本ダービーを制したレイデオロ (撮影:下野雄規)
――古馬に比べ精神的な若さを抱える2歳馬で特に気を付けていることは何でしょうか?
木實谷 いろんな部分での確認作業ですかね。競馬になれば多くの馬と走らなければいけないので、併せ馬をして気にする素振りを見せないかとか、少しステッキを見せた時に過敏な反応をしないかとか、一つ一つ確認していくことが大事だなと思います。
――ファンからはなかなか見えない、こうしたたくさんの積み重ねがあってデビューにたどり着いているんですね。
木實谷 そうですね。ノーザンファームで言えば、お産からデビューするまで何十人というスタッフの手がかかっていますし、最終調整を預かる身としては、これまでの積み重ねを無駄にしないよう、細心の注意を払って進めていかなくてはならないと常に思っています。
――そうしてたどり着いたデビュー戦を木實谷場長はどんな気持ちで見ているんですか?
木實谷 新馬戦に関しては、普段とは別の意味の緊張で、不安や心配があります。いろんな要素が重なって調教の感触通りに動けないケースもたくさんありますので、ハラハラしながら見ています。
――今年の2歳馬のラインナップや見どころを教えてください。
木實谷 1歳の夏くらいから馴致が始まるんですけど、この世代は北海道でより強い下地づくりをテーマに、かなり乗り込み量を増やして本州に移動してきています。天栄の方でもその取り組みを引き継げるようにしっかり運動量を確保していますので、今まで以上にベースができているんじゃないかなと思います。それがいい結果に表れてほしいなと思います。
――下地がしっかりできているということは、デビュー時期が全体的に前倒しになっていくのでしょうか?
木實谷 早めにこちらに移動してきているペースはそんなに変わらないんですけど、どちらかというと競馬での結果ですかね。6月の東京開催で芝の新馬戦は9鞍あって、7鞍で勝たせていただきました。やはり下地がしっかりしている分、デビューまで順調に進められる馬が多いですし、こちらの感触通りに走ってくれる馬が多いなという印象ですね。
――最後に、ノーザンファーム天栄の育成方針を教えてください。
木實谷 今まで通りしっかり1頭1頭の馬に向き合って、固定観念に捉われず、馬にいいと思うことは取り入れてやっていきたいと思います。
(文中敬称略)