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“馬の街”南相馬を盛り上げたい!(2) 10年前の3月11日、突然失われた日常

  • 2021年07月20日(火) 18時00分
第二のストーリー

烏崎海岸にて海岸調教をするマイネルヘルシャー(提供:酒本美夏さん)


野馬追にドラマ出演…現役引退後も大活躍


 マイネルヘルシャーは、美夏さんが暮らす敷地内に伯父の所有馬として飼養されていた。

「家のすぐ目の前に馬小屋があったので、餌をつけたり馬房掃除をしたりと結構面倒をみていました」

 元々、農家だったために敷地は広く、大工をしていた伯父の大工道具や田んぼ仕事に使うトラクターがあった。

「伯父は毎日やって来ては、田んぼ仕事をしたり、馬に乗ったりしていました」

 もちろん相馬野馬追にも毎年参加していた。マイネルヘルシャーは2008年4月に最後のレースを走ったのち、美夏さんの伯父の所有馬となって、その年の野馬追に出場している。日頃から世話をしていた美夏さんとも、心を通わせていた。

「朝、仕事に行く前に私が放牧地に投げ草をしていきます。それをわかっているので、草が来るまでずっと待っているんですよね。私が帰ってくると、放牧地の柵にかけてある曳き手をくわえて持ってきて、お腹空いたから早く馬小屋に連れていってくれと催促するんですよ。ご飯を食べるのが大好きだったので、親戚にはギャル曽根とあだ名をつけられていました(笑)」

 ちなみに美夏さんは、マイネルと呼んでいたという。 

「少し広めの放牧地に横になって、完全に寝ていることもよくありました。その時にマイネルを背もたれにして本を読んだりしていたのですが、それでも全く動じないというか、安心しきっている感じでした。本当に穏やかな性格で、馬感がなくて人間みたいな馬でしたね。私が一方的に思い込んでいるだけかもしれないですけど、人間の言葉も理解していて意思の疎通ができていたように感じました」

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「人間の言葉も理解していて意思の疎通ができていたように感じた」(提供:酒本美夏さん)


 疝痛になった時には、馬房の前に寝藁を敷いて美夏さんが泊まり込んで看病したこともあった。

「結構酷い疝痛だったのですけど、その時も食べ物を催促していました。普通、疝痛だと食欲はないはずなのですけどね。フスマの入った袋を顔を伸ばして引っ張ってきて、よこせみたいな仕草もしていました」

 NHKのテレビドラマ「チャンス」に出演したのも、良い思い出となった。主役の馬は栗毛だったこともあり、栗毛のマイネルヘルシャーに白羽の矢が立った。

「様々な場所で撮影されていたので、何頭か栗毛の馬が選ばれていましたが、マイネルはわりとメインで使われていたように思いました」

 福島競馬場では、JRAのジョッキーが参加して撮影が行われた。

「現役時代にマイネルに乗ったことがある方もいて、すごく乗りやすかったから覚えていますと言ってくださりました。今はJRA競馬学校教官で元騎手の小林淳一さんが騎乗した写真もあったように記憶しています」

第二のストーリー

ドラマの撮影でマイネルヘルシャーが使用したゼッケン(提供:酒本美夏さん)


 美夏さんと交流しながら穏やかに過ごしつつも、野馬追やテレビドラマにも出演と、競走馬引退後も活躍をしてきたマイネルヘルシャー。この後もそんな日々が続くはずだった。

 だが、2011年3月11日、マイネルヘルシャーの余生は突然絶たれてしまった。

あちこちの家が真逆にひっくり返っていて…


 その日、美夏さんはボランティアをしていたNPO法人で活動していた。震災直後は状況が全くわからなかった。

「とりあえず家のあった場所を見に行こうということになり、NPO法人のスタッフと一緒に向かったのですが、途中までしか行けませんでした」

 辿り着いたその場所は少し高台になっていて、住んでいた家のあたりを見渡せるはずだった。だが眼下に広がった光景をすぐに理解できなかった。

「一瞬、田んぼにもう水を張っているんだなと錯覚してしまいました」

 だが徐々に状況が飲みこめてきた。

「あちこちの家が真逆にひっくり返っていました。これは尋常ではないと気づきました」

 美夏さんの家もその中の1つだった。

「私の家族は皆亡くなった、マイネルともう1頭のサウザンブライトも死んでしまったと思いました。でもなぜか葬儀の準備はどうすればいいのだろうとか、こんな時に葬儀社は対応してくれるのかなとか、どこか冷静に考えていました」

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もう一頭の家族、サウザンブライト(提供:酒本美夏さん)


 運の悪いことに、美夏さんは携帯電話をどこかでなくしてしまっていた。知り合いの家の固定電話を借りた。

「母の携帯の番号は覚えていたのでかけてみると、ちょうど繋がったんです」

 家族全員の無事がわかった。ホッとしたのも束の間、翌日から美夏さんは津波に流された馬たちの捜索に奔走し始めた。

(つづく)

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北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。

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