「老当益壮」という表現がピッタリのウイニングチケット
シルバーウイークを意識したわけでもないが、ふと思い立って先週のある日、浦河町の優駿ビレッジ「アエル」で余生を送るウイニングチケットに会ってきた。
去る8月18日に1歳年上のレガシーワールド(1989年4月23日生まれ)が老衰により死亡したというニュースが流れたのを記憶しておられる方もいるだろう。ウイニングチケットはその翌年1990年3月21日生まれで、レガシーワールド亡き後、生存するGI馬としては最年長になった。31歳である。
現在、優駿ビレッジ「アエル」では、ウイニングチケットを筆頭に、スズカフェニックス(19歳)、タイムパラドックス(23歳)の3頭のGI馬が余生を送っているが、もちろん最も古株はウイニングチケットで、種牡馬を引退して去勢手術の後この施設に移動してきたのが2005年のこと。したがってもう満16年になる。
▲最年長GI馬のウイニングチケット
かつて、ここには、ダイユウサク、ニッポーテイオーなどが繋養されており、その時代にはウイニングチケットを含め、4頭が同じ放牧地に同居するという珍しい放牧風景が現出していた。普通、種牡馬生活を経験した牡馬は、気性が荒く扱いにくいとされており、セン馬になったとしても、他の馬と一緒に放牧するのは危険という認識が一般的であった。
しかし、アエルでは、GI馬たちの性格やお互いの相性を十分確認した上で、敢えて同居させる方法に踏み切った。その後、ダイユウサクが2013年12月に28歳で、そして、ニッポーテイオーも2016年8月に33歳でそれぞれ死亡したため、ウイニングチケットは仲良しの仲間を失うことになった。
ニッポーテイオーが死んだ後、新たにスズカフェニックスが2016年10月に入厩し、さらにタイムパラドックスも2019年1月にここに移ってきて現在に至る。前述の通り、どちらもウイニングチケットとはかなりの年齢差があり、アエルではリスク回避のために、従来複数で放牧していた引退功労馬用の1ヘクタールほどの放牧地を、田の字型に4区画に分割することにした。ウイニングチケットの安全を確保するための措置ともいえるだろう。
乗馬部門を統括する太田篤志マネージャーによると「年齢的にもウイニングチケットはかなり高齢になってきているので、他の馬と接触することで不用意に蹴られたり、齧られたりして怪我をしてしまうとまずいなという判断から、ニッポーテイオー亡き後はずっと単独放牧を続けています」とのことだ。
9月26日(日)の朝、功労馬たちの放牧開始時間に合わせてアエルに行くと、私の他にも数人、熱心なファンが見学に訪れていた。功労馬3頭の放牧は、スズカフェニックスとタイムパラドックスが先で、ウイニングチケットは後である。
▲19歳となったスズカフェニックス
▲23歳となったタイムパラドックス
余談ながら、スズカフェニックスとタイムパラドックスは、顔の流星といい、毛色といい、ひじょうに特徴が似ている。似ているどころか、ほとんど双子と表現しても過言ではないくらいにそっくりだ。
そのせいかどうか、この2頭は相性が良く、とても仲良しなので、基本的には2頭一緒に放牧される。違いはタイムパラドックスが鼻白で、スズカフェニックスにはそれがないこと。ただし、ともに顔を下げて草を食んでいると、鼻の部分が隠れてしまうのでなかなか区別が困難だ。
▲相性が良いスズカフェニックスとタイムパラドックス
さて、ウイニングチケットの順番になった。太田マネージャーに引かれて専用放牧地の入口まできたウイニングチケットは、早くも自由になりたくてウズウズしている様子である。「早く手綱を離して解放してくれ」と言わんばかりにややジタバタしながら解き放たれるのを待つ。いくぶんイライラしているようにも見える。
▲ウズウズしているウイニングチケット
太田さんが落ち着いてウイニングチケットを宥め、素早く手綱のナスカン(金具)を外すと、ウイニングチケットはすぐに飛んで行った。さながら、現役馬のスタートダッシュのような素軽い動作であった。四肢を思い切り伸ばし、全身を使って気持ち良さそうに駆け出す姿は、とても31歳の老齢馬とは思えぬほど若々しい動きである。朝のウォーミングアップのつもりなのか、一通り思う存分に走り回った後は、すぐに下を向き、青草を食べ始めた。
▲31歳とは思えない若々しい動きを見せるウイニングチケット
「ウマ娘ブームの効果だと思うんですが、今年の夏はとても見学者が多くて驚かされました。コロナ禍のせいで日高では他に見学できるところがほぼないという事情もあるでしょうし、その分、ここにはずいぶん大勢の方が来ましたね。ウイニングチケット目当ての人が大半だったようです」と太田マネージャー。
この朝、私のすぐ近くでウイニングチケットにカメラを向けていた男性に話を聞くと、やはりウマ娘がきっかけで競馬の世界に興味を持ったという40歳前後の方であった。静岡から来たというその方は、乗馬も始めており、また某クラブ法人の会員にもなった、という。きっかけが何であれ、こうして新たな競馬ファンが増えるのは決して悪いことではない。
それにしても、ウイニングチケットの元気なことには本当に驚かされた。この分ならば、まだ当分大丈夫かとも思うが、31歳というのはいかにも高齢だ。もう少しで北海道にはまた長い冬の季節が到来する。来年、また放牧地の青草が食べられるまで生き永らえて欲しいと願わずにはいられなかった。