今に始まったことではないが、馬券の調子が悪い。
高松宮記念、大阪杯、そして桜花賞と、3週つづけて波乱の結末となったことも響いている。高松宮記念はレシステンシア(1番人気6着)、大阪杯はエフフォーリア(1番人気9着)、桜花賞はサークルオブライフ(2番人気4着)から買っていた。
若いころは穴党だったのに、いつの間にか本命サイドの馬券を買うようになってしまったのはなぜだろう。
競馬がどういうものかを知ったのは、1987年の秋のことだった。23歳になった年だ。民放キー局の報道番組の構成スタッフとなった私に、職場の先輩のウメさんが「これは100円が1万円になる遊びなんだ」と教えてくれた。
いつしかそれを「5000円が1万円になるかもしれない遊び」として、いや、別の連載で印を打っている責任もあるので、「5000円を1万円にしようとする仕事」といったふうにとらえるようになっていた。
今のように外れつづけると、競馬は「5000円を0円にする仕事」の連続ということになり、やればやるほど苦しくなる。苦しいと楽しめなくなり、競馬新聞や過去のレース映像などを見る時間が短くなり、さらに当たらなくなる……という悪循環にハマってしまう。
この悪循環から抜け出すにはどうしたらいいのか。答えはいくつかあって、最も簡単なのは、競馬をやめることだ。次は、仕事と割り切って、勝ち馬予想に費やす時間と労力を増やして的中率を上げること。その次は、目をつぶって馬柱に赤ペンで丸をつけ、その丸に近い馬を買ってマグレを期待すること、といったところか。考えても当たらないから嫌になるのであって、考えずに買えば、当たらなくて当然という前提でスタートするわけだから、腹も立たないだろう。
皐月賞は、その「ヤケクソ作戦」で買ってみようと思う。
さて、ここ3週のGIに関して、本命サイドが連敗していることのほかにも、ちょっと気になることがあった。
ツイッターのタイムラインに、桜花賞のスタート前の輪乗りで、ウォーターナビレラ(2着)に乗った武豊騎手が「あんま動くなってカメラマン。カメラあんまり動かさんといて」と、カメラマンに何度か注意する音声の入った動画が流れてきたのだ。注意された側も、その都度「はい」と応じていた。
そしてもうひとつ。高松宮記念の返し馬で、外埒の近くを走っていたダイアトニック(14着)が急に横っ跳びし、鞍上の岩田康誠騎手がバランスを崩した。そのとき大きな声が聞こえたと誰かがツイートしたらしく、モラルのない観客の大声に馬が驚いたのではないか――という憶測の声と、「犯人」を叩く声がタイムラインに流れてきた。が、翌週の「日刊スポーツ」の記事によると、岩田騎手に取材したところ、前に出てきたカメラマンに反応してダイアトニックがヨレて、それに驚いた岩田騎手が声を出したのだという。ユーチューブにもそのときの動画が上がっていて、確かに、馬がヨレてから「わーっ」という声が聞こえてくる。
桜花賞のときはムービー、高松宮記念のときはスチールのカメラマンだと思われるが、どちらも、レースに臨む人馬の近くで仕事をする人間が原因をつくってしまった。競技をする人馬と、それを伝える人間は、共存していかなければならない。どんなに素晴らしいレースをしても、それが大勢の人々に伝えられなければ、やっていないのと一緒ということになってしまうからだ。
結論から言うと、今回やってしまったカメラマンたちには、『馬のこころ──脳科学者が解説するコミュニケーションガイド』を読んでもらいたい。そして、競技をする側も、武騎手や岩田騎手のように、きちんと注意喚起をしつづけてほしい。そうしないと、原因をつくった側が、自分の動きに問題があったことに気づかずに終わってしまい、また同様のことが繰り返されるからだ。
ほんのわずかな動きでも、角度が変わると馬には別の物体に見えてしまう。だから、馬の脳の働きとして、まず、それまでなかった物体に反応し(馬には前頭前野がないので、認識する前に体が動いてしまう)、それが何なのか確認し、納得する、という作業が必要になってくる。極限まで心身をシェイプアップされたGIのスタートが迫ったときに、本来必要のないそうしたプロセスを馬に強いるのはいただけない。
念のため加えるが、『馬のこころ──脳科学者が解説するコミュニケーションガイド』が売れても、私には1円も入ってこない。それでも、あまりに面白いので、先月サークルオブライフの取材で美浦トレセンに行ったとき、国枝栄調教師にその話をすると、師もちょうど読んでいる最中だった。そして、「こういうことを知らないで接していると、馬ってバカだなあと思って終わっちゃうことがあるよね」と笑っていた。
もちろん、何年も、いや、何十年も前から馬の性質について勉強し、細心の注意を払って撮影しているプロのカメラマンもいる、ということを申し添えておきたい。
競馬に関して、取材者が馬を驚かせてしまい、ホースマンに怒られる、というのはよくあることだ。私も、厩舎前で靴底の泥を落とそうとして音を立てたり、走ってしまったりして怒鳴られたことがある。馬が嫌がると言われている白いTシャツを着ていて怒られたときは、それ以上脱ぐものがなかったので困ってしまった。ともあれ、そうして助言を受けたり注意されたりとケーススタディを繰り返し、馬の嫌がることや怖がることを学び、馬の近くでの動き方、馬との接し方を身につけた。
よくあることだから容認されてもいい、と言うつもりはもちろんない。
繰り返しになるが、取材者と取材対象となる人馬は共存していくしかないのだから、取材者は馬と競馬について勉強しつづけ、ホースマンは取材者へのレクチャーを根気よくつづけてほしい。