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東北で出会った馬たち

  • 2023年08月03日(木) 12時00分
 今、三沢のホテルでこの原稿を書いている。

 先週金曜日の朝、都内の自宅を出て、相馬野馬追取材のため、昼過ぎに南相馬に入った。まずは中ノ郷の佐藤弘典さん宅に隣接した厩舎に行き、出陣祝いを届けがてらインタビューと撮影をした。次は、小高郷の本田博信さん宅へ。小高郷は午後4時から歴代藩候に出陣の報告をする墓前祭があるので、これまでの取材で聞き漏らしていたことを手短に取材。その後、同じ小高郷の今村忠一さん宅で、野馬追用の馴致の撮影をさせてもらった。

 と、自分の動きを詳述するより、野馬追に出陣した馬たちが行列の途中に水を飲むシーンのほうが面白いし、清涼感があるので、以下に、土曜日の小高郷の帰り馬行列の写真を3点掲載する。

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 私は、月曜日の野馬懸の取材が終わってから青森の三沢へ向かった。相馬から三沢までは5時間ほどのドライブだった。

 翌日、火曜日の朝から、今年12月20日に上梓する競馬ミステリー第6弾の取材を始めた。

 三沢市の中心部から、アポ入れをしていた谷地頭の織笠牧場に向かう途中、日本初の民間洋式牧場である廣澤牧場を創設した廣澤安任の墓参りをした。グーグルマップで場所と写真は確認していたのだが、実際に行ってみると、イメージはかなり違っていた。

 道の左手に墓所があるはずなのだが出入口が見当たらず、Uターンして脇道に入ったら、砂利が山のように積んであって脇に重機のあるところに出てしまった。次は少し小川原湖側の砂利道に入ると、思った以上に奥行きがあり、どう見ても墓所にたどり着きそうにない。仕方がないのでまた先刻の道に戻り、車をゆっくり走らせながら、グーグルマップでお気に入りに入れた地点の前を通ると「斗南藩士 廣澤安任之墓」という、まだ新しい木の立て札があることに気がついた。思わず「あった!」と声が出た。立て札は路肩から踏み分け道を数メートル上がったところにあるので、さっきは見落としてしまったようだ。

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小川原湖近くの道沿いにある立て札


 立て札を見つけて、一気にテンションが上がった。こういう喜びは、足を使う取材ならではのものだ。グーグルマップではわからなかった湖畔までのアップダウンの斜度を実感するだけでも楽しい。

 墓所は、大きな木々に守られるようにひろがり、ひっそりとしている。木漏れ日が涼やかな風で揺れ、気持ちが安らぐ。

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廣澤安任の墓碑


 安任の墓前で手を合わせ、取材と執筆の報告をした。気持ちのうえでは、小高郷の騎馬武者たちの墓前祭と同じだ。上手くいきますように、とお願いをするのではなく、出陣しますので御照覧あれかし、と思いを届けることが目的だ。おそらく、これが「祈る」という行為の本来の形なのだと思う。

 下草は綺麗に刈られている。これから訪ねる織笠牧場代表の織笠時男さんに電話したとき、織笠さんのお父さんが廣澤牧場で働いていた関係で、子供のころ、この墓所の草刈りをしたという話を聞いていた。それから半世紀以上を経た今なお、誰かがきちんと手入れしているという事実からも、廣澤安任が、いかに敬われているかがわかる。

 織笠牧場は、出入口に看板などが出ているわけではない。民家が立ち並ぶ地域なので、知らないと、ここにサラブレッドの生産牧場があることはわからない。カーナビが示したあたりで、半分勘で、一軒の農家とおぼしき敷地に入って行った。さらにゆっくり進むと、織笠さんが玄関先に出てきて手を振った。織笠さんとは初対面だったのだが、話がとても楽しく、昔の写真などもすべて接写させてくれて、とても有意義な取材になった。

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織笠牧場の放牧地。この奥にも牝馬が2頭放牧されていた


 今、織笠牧場にいる繁殖牝馬は4頭。本業は、長芋やゴボウ、ニンニク、長ねぎなどの生産農家で、サラブレッドの生産は副業だという。「馬づくりをつづけているのは、馬が好きだからですか」と訊くと、織笠さんは嬉しそうに笑って頷いた。

 明日は、午前中、最年少ダービージョッキー・前田長吉の墓参りをし、午後、八戸三社大祭の騎馬打毬を見がてら、日本軽種馬協会初代会長の廣澤春彦について取材する。

 三沢の夜は涼しい。エアコンをつけずに寝られる心地よさを感じながら、いい夢を見たい。では、おやすみなさい。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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