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トップに立ち続けることの苦悩と葛藤

  • 2011年09月20日(火) 18時00分
92年、田中道夫騎手との激戦を制し、見事、リーディングジョッキーの座に輝いた小牧騎手。以降、9年連続を含む10度のリーディング制覇を成し遂げた小牧騎手ですが、そこにはトップに立ち続ける者だけが知る、葛藤の日々がありました。今回は、そんな常勝時代の胸の内を明かしてくれました。

──腰痛での戦線離脱や田中道夫騎手の騎乗停止など、初リーディングの背景にはいろいろなドラマがあったんですね。でも、一度トップに立つと、今度はその座を守るために、新たなプレッシャーが生まれたのではないですか?

小牧 うん、けっこうしんどかったね…。競馬のないときもつねに自分で番組を調べて、勝てそうな馬を探さないといけなかったからね。今、中央競馬ではエージェントがいるでしょ。でも、地方ではそういう人がいないから、全部自分でやらなきゃいけなかった。で、走りそうな馬を見つけたら、すぐにその馬の調教師さんに電話して。それも仕事でしたね。

トップを守るプレッシャーも

──たとえば、走りそうな馬を見つけたとき、その馬がほかのジョッキーのお手馬だったら…。

小牧 もうそれは気にせんと。僕はそういうところで優しさが出てしまうので、「この子の乗り馬を取ったら悪いな…とか、考えたらアカン。ずっとトップでいるためには、そういう気持ちは捨てないとアカン!」って、周りから言われていたんです。そのかわり、馬から下りたら優しくてもいいと。リーディングを獲ってからは、強い馬に乗るっていうことも大事な仕事になってね。それはもう、心を鬼にして…。

──たしかにそれも仕事のひとつなんでしょうけど、小牧さん本来の優しい性格からすると、しんどそうな作業ですね。

小牧 最初はいやでしたね。「乗せてください!」って、調教師さんの家まで行ったりしましたからね。でも、曾和先生から「そういうこともやれ」と言われていたので。ただ、自厩舎の馬とよその厩舎の馬がかち合ったとき、僕が“よその馬のほうが強いのにな…”って思うときでも、先生は僕を乗せる。そのあたりも難しくてね…。でもまぁ、所属しているわけだし、ずっとバックアップしてくれた曾和先生には、つねに恩返ししなくちゃっていう気持ちがあったから。

──そうやってトップを守り続けた小牧さんからすると、今の中央競馬はまったくの別物では?

小牧 最初は“まったくなにもできない状態だな”って思いましたね。頑張るといったところで、なにを頑張ったらいいのかわからなかった。地方だったら、調教を頑張ったり、乗り馬を一生懸命探したり、調教師さんに頼みに行ったり、レース以外にも頑張れるところがあったけど、それもできない。だから、与えられた馬で頑張るしかないんだなと。

──正直、最初は物足りなかったのではないですか?

小牧 そう、最初はね。「なんであの馬、乗られへんのやろ…」とか思ったりもしました。でも徐々に、レースに乗って勝つ、ひとつでも上の着順に持ってくる、ここではそれが僕らの仕事なんやなって割り切れるようになりました。

中央での仕事に戸惑った時期もあった

──結局、兵庫では9年連続を含め、10度にわたりリーディングを獲られたわけですが(うち2回は全国リーディング)、後半には岩田さんが台頭してきましたね。小牧さんにとって、岩田さんはどんな存在ですか?

小牧 康誠は子供のころから知ってるようなものだからなぁ。友達っていう感じでもないし、年が離れてるから、遊びに行ったりもしなかったし…。ただやっぱり、同じ園田から(中央に)来たわけだから、心のどこかで仲間意識みたいなものはありますよ。今年もね、順調に勝ち鞍を積み重ねて行ってるから、あとはケガをせんように頑張ってほしいね、。

──以前、某競馬雑誌で対談されてましたよね。そのときに、いろいろと悩みを抱えていた岩田さんに対して「康誠は昔のほうがいい。なんで昔のままじゃアカンのや」って、小牧さんにしか言えないアドバイスをされていたのが印象的です。

小牧 ああ、そうでしたね。でも最近はまた、(本来の岩田騎手が)戻ってきたような気がします。気持ちの面でもね。

【次回の太論は!?】
“アンカツルール”の誕生で拓けた、中央競馬への移籍の道。最後に小牧騎手の背中を押してくれたのは、やはり師匠の曾和師でした。はたして小牧騎手にとって、曾和師とはどんな存在だったのでしょうか。次回は、師匠との思い出を通して、小牧騎手のルーツに迫ります。
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太論 / 小牧太
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1967年9月7日、鹿児島県生まれ。1985年に公営・園田競馬でデビュー。名伯楽・曾和直榮調教師の元で腕を磨き、10度の兵庫リーディングと2度の全国リーディングを獲得。2004年にJRAに移籍。2008年には桜花賞をレジネッタで制し悲願のGI制覇を遂げた。その後もローズキングダムとのコンビで朝日杯FSを制するなど、今や大舞台には欠かせないジョッキーとして活躍中。

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