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「かわす」は誤用?

  • 2011年09月24日(土) 12時00分
 今回は、先週の島田明宏さんのコラム、「熱視点〜美しい競馬の言葉を」にネタのヒントを得て書かせていただきます。

 競馬の実況で「かわす」と言えば、「(前にいる馬を)抜き去る」という意味ですよね。島田さんは「『かわす』は双方向に動く場合は『交わす』(漢字表記)でいいが、競馬のように同じ方向に動く場合はひらいた(仮名書きにした)ほうがいいのではないか」と書かれています。漢字、仮名のどちらの表記がふさわしいかはさておき、競馬で「かわす」は「抜き去る」という意味でご理解いただいているはずです。

 ところが、これに異を唱える人もいます。「『かわす』には『抜き去る』という意味はない。だから誤用だ」と。

 確かに、国語辞典などで「かわす」を引くと、「互いにやりとりする(=交換)」、「互いにまじえる(=交錯)」の意味しか出てきません。つまり、島田さんが書かれた「双方向に動く場合」の「交換」(例えば、単線区間での列車の行き違いなど)だけが「交わす」であって、「同じ方向に動く」のは、あくまでも「抜く」です。「身をひるがえして避ける」ことを「体を交わす」と言いますから、前で落馬があったときに後ろの馬がこれをよけたら「交わした」になるわけですが。

 でもそうなると、競馬では当たり前に使われている「差す」や「追い込む」などの表現も、厳密に言えば使えなくなってしまいませんか?

 と思ったら、「差す」は「競馬などで」、「追い込む」は「競走で」という注釈付きで、当たり前の意味を載せている辞書がありました。

 「かわす」も「差す」も「追い込む」も、競馬では、後ろにいた馬がポジションを上げ、前の馬を抜いていくときに使われています。とはいえ、その意味合いはちょっとずつ違いますよね。一概には決めつけられませんが、「かわす」は隣あわせた馬を、「差す」は前にいる2〜3頭、あるいは4〜5頭の馬を、「追い込む」はそれより多くの馬を抜くときに使われているように思われます。また、そのときの鋭さや勢いによっても、使い分けられているような気がします。

 とにもかくにも、「差す」と「追い込む」については、辞書に出ているくらいなので、競馬界で常識となっている意味が世間的にも認知されました。あとは「かわす」が世間の理解を得られるかどうかです。

 私としては、「抜く」という意味の「かわす」が誤用ではなく、その状況を表すのにふさわしい、優れた使い方だと思っています。これを初めて使ったのはどんな人で、どういう思いで口にされたんでしょうか(ひょっとしたら、兵庫の吉田勝彦さんかも)。

 世間のみなさんに「かわす」を認知していただき、辞書にその意味が載ったらおもしろいんですけどね。

テレビ東京「ウイニング競馬」の実況を担当するフリーアナウンサー。中央だけでなく、地方、ばんえい、さらに海外にも精通する競馬通。著書には「矢野吉彦の世界競馬案内」など。

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