スマートフォン版へ

牛肉をサラブレッドに置き換えると

  • 2013年03月16日(土) 12時00分
 まずは先週も書きましたが、オーストラリアの食の話から。

 今から25年近く前、私が最初にオーストラリアに行ったときに一番美味しいと思ったのは、日本の某レストランのシドニー支店で食べたビフテキです。そのレストランは現地で牧場を経営していました。私が食べたのは、当然ながらそこで生産された牛肉。日本で食べたらもっといい値段がするだろうな、と思える味でした。つまり、けっこうなレベルだったということ。実際にそのレストランは、そこで生産した牛肉を日本に輸入し、国産牛より割安な価格で提供していたのです。

 それから数年後。オーストラリアでは食文化が劇的に様変わりしました。この変化に大きな影響を及ぼしたのが日本食。シドニーオリンピックの前あたりから突如として寿司ブームが巻き起こり、回転寿司屋やテイクアウト専門の寿司の売店が次々に誕生しました。

 これとほぼ時期を同じくして、牛肉も日本を見習ってその品質を大きく向上させます。今、オーストラリアのそこそこのレストランのメニューには、wagyuの文字が必ずと言っていいほど載るようになりました。今やsushiとwagyuは、オーストラリアの食になくてはならないものになったと言ってもいいほどです。

 一方、日本には松阪、神戸、米沢、前沢などなど、いわゆる高級ブランド牛肉が数多くあります。これらの牛肉は世界に誇れる“我が国自慢の逸品”。たとえ日本に外国産の安い牛肉が入ってきたとしても十分に太刀打ちできると思われています。

 ただし、そういう牛肉を日本国内で生産するには、かなりのコストがかかります。例えば松阪牛。その産地、三重県の松阪に行っても、牛の姿を気軽に目にすることはできないそうです。理由は、松阪牛になるような牛は冷暖房完備の高級マンションみたいな牛舎で大切に育てられているから、とのこと。

 こうした日本の飼育、肥育システムをオーストラリアが取り入れたらどうなるでしょう。先に書いたように、すでにこの国には、日本に近い牛肉生産のノウハウを受け入れられる下地があります。その延長として、広大な国土を生かし、松阪牛並みの高級牛肉を低コストで生産できるようになるかもしれません。そうなったとき、日本のブランド牛は、グローバルな価格競争の中で消費者のニーズを保っていけるのでしょうか。

 今週15日、安倍政権はTPP・環太平洋経済連携協定交渉への参加を表明しました。日本がTPP経済圏に加わるのがいいのかどうか。あちらを立てればこちらが立たず、ということがいろいろあって、軽々に断じることはできないと思います。ただ、今回書いた牛肉という部分をサラブレッドに置き換えてみてください。決してそれはイコールではないのですが、TPP参加となれば、国内の競走馬生産にも甚大な影響が及ぶはず。日本の競馬産業は岐路に立つことになりそうです。

テレビ東京「ウイニング競馬」の実況を担当するフリーアナウンサー。中央だけでなく、地方、ばんえい、さらに海外にも精通する競馬通。著書には「矢野吉彦の世界競馬案内」など。

バックナンバー

新着コラム

アクセスランキング

注目数ランキング