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思い描いた以上に味のあるレース/菊花賞

  • 2015年10月26日(月) 18時00分


ほぼ納得の3000m

 ほとんど互角の能力を秘める伏兵が並び、難しい結果が予測されたが、可能性ありと期待された人馬がそれぞれの長所を懸命に発揮してみせた結果、多くのファンの思い描いた以上に味のある菊花賞となった。上位7着までに入り、見せ場を作ったのは、みんな上位8番人気以内に支持されていた候補ばかりある。最終的な結果は伴わなかったかもしれない。でも、ほぼ納得の3000mではないかと思われる。3等分して「60秒2-64秒4-59秒3」=3分03秒9は、ハイレベルの3000mとはいい難いが、ほぼ標準レベルに近い。

 5番人気のキタサンブラック(父ブラックタイド)は、一連のレースで素晴らしい能力は分かっていても、多くのファンにとり、菊花賞で中心に据えたい馬(勝算NO.1)というには、なにかが足りない印象があった。バランス抜群なので大きく映らないときの方が多いが、長距離をこなすには、全体に身体が大きすぎるのでは…というイメージがあった。母の父サクラバクシンオー、祖母の父ジャッジアンジェルーチもこと菊花賞では弱かったかもしれない。ただ、どんな名馬にも、長距離型にも、どこかに現代のスピード競馬をこなせるベースがなければ、「スピードのない馬」になりかねない。キタサンブラックの場合は、母の父サクラバクシンオーが知られ過ぎた名種牡馬ゆえ、また、すぐ近い位置にその名が登場しすぎたため、バクシンオー最大の特徴が強調されてキタサンブラックに重なりすぎたところがある。

 菊花賞3000mで、母の父サクラバクシンオーをにらみつけて萎えるのは、だれだって仕方がない。だが、たとえば、そこにヨハネスブルグが登場したわけではない。クリアアンバー系の名種牡馬サクラバクシンオー(適切ではないが中山GJのブランディスなどの父でもある)を、名スプリンターととらえるのはいいが、単なるスプリンター系種牡馬と考えるのは正しくないという意味である。また、キタサンブラックはサクラバクシンオーに必ずしも似た体型ではない。

 候補ではあっても、勝機は少ないかと思えたキタサンブラックが鮮やかに勝ったのだから、順当な人気馬が勝ったとき以上に称えたい。北村宏司騎手(35)の騎乗を、オーナーの北島三郎さんが最大の勝因として絶賛している。50年以上も馬主をつづけ、逆巻く波のごとく馬券でも参加して競馬を乗り越えてきたオーナーには、難しい勝負の行方が自分のキタサンブラックに傾いた瞬間が、手に取るように分かった。北村騎手が絶妙の判断をしたと察したときである。

 前半1000m過ぎから13秒台のラップが3回も連続したとき、積極的に乗らなければならない藤岡康太騎手のアルバートドック、菱田裕二騎手のタガノエスプレッソが変調ペースを察知して最初に動いた。向こう正に入り、ラップが「13秒1-13秒7-13秒7…」と落ちたところである。もうすでにスローだから、それなら、という形でハナに立った横山典弘騎手のミュゼエイリアンと、脚質と置かれた立場から下げるわけにはいかないC.ルメール騎手のリアファルは、急に「11秒8-12秒1…」のペースアップを要求されてしまった。これが最後に失速することにつながったことは否定できない。急に速くなり過ぎた。

 3コーナー過ぎに各馬に2度目の動きがあり、タメていては意味のないマッサビエル(戸崎圭太騎手)、ロングスパートも辞さないタンタアレグリア(蛯名正義騎手)などが当然のようにペースアップの主役となったとき、北村=キタサンブラックは、最初にレースが動いたときにも動かなかったが、いつもの先行策ではなく、6-7番手に控えていたのに、さらに我慢してインで待って下げた。「よく辛抱してくれた。なだめて、なだめて、途中でレースが動いたけど、それでも我慢していた」。北島三郎オーナーにはこのとき、ひらめくものがあった。

 北村宏司騎手がインで呼吸を止めるように待ったとき、その直後で同じように我慢して待っていたのは、直線でのイン強襲を最大の切り札にする岩田康誠騎手(41)の3番人気馬サトノラーゼン(父ディープインパクト)だった。サトノラーゼンも2回待った。ただ、動きたいのを我慢している前方の北村=キタサンブラックに比べると、サトノラーゼン(岩田)はキタサンブラックに主導権を握られているように映った。角度のきつい4コーナーにさしかかると、北村宏司=キタサンブラックは当然のようにインに切れ込みながら突っ込んだ。

 必殺のインをキタサンブラックに衝かれたサトノラーゼンは、少し外にスペースを探すしかなかった。幸い前が空いて伸びかけたが、最内に入ったキタサンブラックは前が詰まりかけると、今度は少し外に出た。そこはサトノラーゼンが行きたかった場所。引かざるをえなかったのは、道中から主導権を奪われていたサトノラーゼンである。同じようにイン強襲となった2頭だが、今回は明らかにキタサンブラックの方に余裕があった。「最後は距離なのかも…(岩田騎手)」は、おそらくその通りで、サトノラーゼンを支持したファンは、いだいていた距離不安が的中した。キタサンブラックを支持したファンは、抱いていた距離不安が的中しなかった。

 リアルスティール(父ディープインパクト)は、行きたがるのを巧みになだめて制御しきったから、ゴール寸前、もう一回脚を使ったほどだが、正直すぎる気性なのだろう。みんなリアルスティールは、長丁場向きとは考えていない。しかし、挑戦してこなすことに(ほぼ)成功したのは素晴らしいことであり、同馬が種牡馬となって、やがて母の父として登場する時代がくるなら、リアルスティールが母の父では3000mはきついのでは、とは、ささやかれないだろう。

 でも、気分良く行きたがる性格が伝わるとき、リアルスティールに似ているから、さすがに3000mは合わないのではないかとされそうである。しかし、サクラバクシンオーを母の父に持つキタサンブラックが菊花賞を制したように、リアルスティールを母の父に持つ産駒の長距離GI制覇は少しも不思議ではない。

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1948年、長野県出身、早稲田大卒。1973年に日刊競馬に入社。UHFテレビ競馬中継解説者時代から、長年に渡って独自のスタンスと多様な角度からレースを推理し、競馬を語り続ける。netkeiba.com、競馬総合チャンネルでは、土曜メインレース展望(金曜18時)、日曜メインレース展望(土曜18時)、重賞レース回顧(月曜18時)の執筆を担当。

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