田辺裕信騎手の痛快な騎乗
マイルのGI「5連勝」に挑んだ
モーリス(父スクリーンヒーロー)を倒したのは、2013年の皐月賞以来「16連敗」中の
ロゴタイプ(父ローエングリン)だった。皐月賞以来、実に約3年2ヶ月ぶりの勝ち星である。
前走、58キロのハンデ頭だったダービー卿CTをクビ差2着時には、57キロの3着
サトノアラジンに1馬身以上の差をつけているから、決して「終わっていた」わけではないが、今回はモーリスを筆頭に強敵ぞろい。そのあと快走したサトノアラジンが3番人気の評価を受けたのに、ロゴタイプは8番人気。東京コースでは追って甘い印象も重なっていた。
だが、1週前のハードな調教でもう「仕上がっているから」と、直前の追い切りを「71秒5-55秒8-40秒6-14秒3馬なり」にとどめたのは田辺裕信騎手(32)。なにも行かずに、「行けたらハナを切りたい」と提案したのも田辺騎手。機先を制して先手を奪ったあと、前後半「47秒0-46秒0」=1分33秒0のペースを作ったのも、ジョッキー田辺。
もちろん、苦心の仕上げで復活劇を可能な状態に仕上げた田中剛調教師以下のスタッフ、さらには再鍛錬先の牧場スタッフの時間をかけた努力のほうが大きいのだが、この快走は、田辺騎手の痛快な騎乗によるところ99%である。ロゴタイプの父ローエングリンは、4歳時に「マイラーズC」と「中山記念」を制し、だいぶたった6歳時にもう一回マイラーズCを勝ち、忘れたころの8歳時に、2度目の中山記念を勝っている。そういう父子ということか。
前半35秒0-47秒0のスローに落としたのに、だれもプレッシャーをかけてこないから、さらに12秒1と楽をさせて前半1000m通過はなんと「59秒1」の超スロー。と、4コーナーを回って突然、猛スパートをかけたのは先頭のロゴタイプ(田辺)だった。いきなり「11秒3-10秒9→」である。この日インを衝いた馬は伸びなかった。でも、午後から良馬場に回復した芝は、みんなインは避けたが、「乾き始めるとインから急速に良くなるのが東京芝コースである」。ただ1頭だけ内ラチ沿いに進路を取って猛スパートをかけたのが田辺騎手だった。
多くのファンの目も、実況アナウンスも、TV画面も馬場の中ほどに出したモーリス、
リアルスティール、その外から仕掛けを待つくらいのすごい手ごたえの
イスラボニータに注がれたが、坂を上がる残り300m地点では、画面の角度にもよるが内のロゴタイプのリードはあっというまに約4-5馬身。このペースだからもう止まらない。皐月賞馬である。残り200m地点ではもう勝ち馬は決まっていた。スローでギリギリ逃げ切ったわけではない。鮮やかな逆転劇の最大の要因は、芝を読んだコース取りと、一気の猛スパートだった。
「47秒0-46秒0」=1分33秒0は、安田記念とすると平凡な時計だが、実際には独走にも近かったロゴタイプに表面上の時計うんぬんは失礼だろう。仮に平凡な時計の安田記念だったとすると、かろうじて2着死守にとどまったモーリス以下には、立場がなくなってしまう。
崩れないと思えたモーリスは、スタートして1ハロンもたたないうちに切ないくらいにかかってしまった。3コーナー過ぎまでずっと行きたがっていた。でも、スローは直接の敗因にできない。コースが異なるとはいえ、前回のチャンピオンズマイルはほぼ同様のスローペースである。美浦に戻れず、「白井→東京競馬場」と続いた着地検疫は予想以上に厳しかったのだろう。パドックから気負っていた。モレイラ、ムーアとはランクが異なるから、今回がテン乗りになった好漢T.ベリー騎手(25)を責めるのは筋が通らない。
おそらくチャンピオンが敗れるのは、こういう死角が重なった時なのだろう。ロゴタイプには完敗だが、でも必死に3着以下に沈むのをこらえたから、モーリスは、プライドは守った。
2番人気のリアルスティール(父ディープインパクト)は、パドックからチャカチャカして、国際G1を勝ってきた4歳馬とは思えない所作だった。休み明けなのでテンションが上がるのは陣営も覚悟の上だったが、気負うというより落ち着くことができなかった。ドバイから帰っての休養明けとはいえ、モーリスより日程の余裕があったから、自滅するような状態ではなかったはずだが、レースでは前半モーリスの隣で、こちらもG1ホースとは思えないくらい首を振ってしまった。スローだから……は敗因にできない。スローの公算大はみんなが承知であり、ペースを敗因にするのは、他馬のせいにすることに通じる。なんとか我慢して折り合い、3着に突っ込んだ
フィエロ(父ディープインパクト)のように、ほぼ持てる能力を発揮した馬もいる。それに、レース前の陣営は「先に抜け出すイメージ」を公言していたくらいである。「マイルは全然心配ない」と考えた陣営にはショックだったろうが、初のマイルにしてはあまりの変則ラップに翻弄されてしまったということか。今回は例外。再挑戦に期待したい。
サトノアラジン(父ディープインパクト)は、これ以上はないと思える素晴らしい状態にみえた。レース前の落ち着いた気配も満点と映った。「これだけスローになっては…」という敗因が聞かれたが、前回の京王杯SC1400mの前半は、サトノアラジン自身は「前半36秒0-47秒2→」という未勝利戦並みの信じ難いスローペースであり、だから上がり「32秒4」の爆発だった。今回は前半「35秒0-47秒0→」のペースを気持ち良く追走していたから、少なくとも自身の前半3ハロン通過は同じはずである。スローペース向きの追い込み馬はだれもが承知。ハイペースではたいしたことがない。だから、1600mでも追走が楽なはずの今回は高く評価されたのであり、先週は絶賛したばかりだが、「流れて欲しかった」という川田将雅騎手のレース後のコメントは意味不明である。
イスラボニータ(父フジキセキ)は、なんとかなだめて折り合ったあと、すごい手ごたえで追い出しにかかったが、なんとなく人馬のリズムが合っていないような時間があった。これで同じ皐月賞馬ロゴタイプとは対戦成績「1勝4敗」。そういう力関係とも思えない。ロゴタイプはまだまだがんばるだろうから、追いついて追い越したい。こちらが1歳年下である
香港の
コンテントメントは元気がなく、明らかに本調子ではなかった。「調教はいつも軽めにするのが流儀なのだ(J.サイズ調教師)」。あまりに的確なコメントを出したあたり、本当は残念で仕方がないはずである。再挑戦を歓迎する。