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競馬界の七不思議

  • 2016年10月29日(土) 12時00分


 先週の菊花賞をディープインパクト産駒のサトノダイヤモンドが制したことにより、日本の競馬界のジンクスが2つ消滅した。ひとつは「ディープ産駒は芝3000メートル以上の平地競走を勝っていない」というもの。もうひとつは「『サトノ』の冠号の馬はGIを勝っていない」というものだ。

 これらはジンクスと言うより、「競馬界の七不思議」のひとつ、いや、ふたつだったと言うべきかもしれない。

 ディープ自身は掛かりながらも菊花賞を勝ち、天皇賞・春では世界レコードを叩き出したのに、なぜか産駒は3000メートル以上で勝てなかった。

 また、「サトノ」の冠で知られる里見治オーナーは、JRAの馬主として初出走から25年近くになり、多くの良血馬を所有していたのに、なぜかGIを勝てなかった。これまで、2013年菊花賞のサトノノブレス、15年ダービーのサトノラーゼン、今年のダービーのサトノダイヤモンドで2着になるなどしていたので、誰もが「そのうち勝つだろう」と思っていたのだが、「そのうち」がなかなか訪れなかった。

 しかし、ついに悲願を果たし、「不思議」を不思議ではなくした。

 かつて「武豊はダービーだけは勝てない」と言われながら、1度勝つと連覇し、史上最多の5勝を挙げたように、ジンクスや「不思議」というのは、いったん崩れると逆方向の動きを見せることがままある。

 その伝で言うと、これからは、ディープ産駒は長距離で勝ちまくり、「サトノ」の馬もGIをガンガン勝つようになるのかもしれない。

 さて、先週消滅した「不思議」が七不思議のうちのふたつだったとすると、ほかの5つは何だったのか。

 思いつくのは消滅したものばかりだ。

「メイショウ」の冠で知られる松本好雄オーナーは、1974年に馬主登録し、以前から大馬主として知られていたが、里見オーナーと同じように「なぜかGIを勝てない」と言われていた。GI初制覇はメイショウドトウによる2001年の宝塚記念。馬主生活28年目のことだった。

 また、岡部幸雄さんは騎手時代、八大競走のうち桜花賞だけ勝てなかった。
 ノーザンテースト産駒の栗毛はなぜか走らない、と大川慶次郎さんが話していた。
 ハイセイコーは、なぜか芦毛の牝馬が好きだったらしい。
 ステイゴールドは、日本のGIでは2、3着が多かったのに、なぜか海外のビッグレースを勝ち切った。
 セリの高額取引馬はなぜか走らない、と言われていた(が、これも2億4150万円で購入されたサトノダイヤモンドが「不思議」ではなくした)。

 今も生きている「競馬界の七不思議」の候補はないものか。

 2012年に生まれた世代、つまり今の4歳がラストクロップなので、まだ生きていると言えそうなのは、「サクラバクシンオーの産駒は、なぜかスプリンターズステークスを勝っていない」というものだ。バクシンオー自身は93、94年と連覇したのに、産駒は不思議なくらい勝てずにいる。今年こそビッグアーサーが勝って「不思議」ではなくするかと思ったが、12着に敗れてしまった。

 フランスの競馬ファンや関係者は、「なぜ日本人はこれほど凱旋門賞制覇に執念を燃やすのか」と不思議に思っているかもしれない。あるいは、「なぜ日本馬は凱旋門賞を勝てないのか」も、そろそろ「世界的な不思議」になってくるか。

 単体の主催者としてはJRAに次ぐ世界2位の馬券売り上げを誇るフランスで一番売れているのは単勝だ。それはなぜか。その裏返しで、なぜ日本では三連単が一番売れるのか。当たればデカいからだろうが、私は、自分が単複と馬連ばかり買うせいか、感覚的には理解できない部分もある。

 武豊騎手は、現在のGIのうち、なぜか朝日杯フューチュリティステークスだけ勝っていない。

 あと、これは本人が言っていたので失礼にはならないと思うのだが――。

 音無秀孝調教師は、先週の競馬が終わった時点で40勝を挙げ、2着の数の差でリーディング3位につけている。オレハマッテルゼ、ヴィクトリー、サンライズバッカス、オウケンブルースリ、カンパニー、ミッキーアイルでGIを制するなどした、言わずと知れた伯楽だ。以前取材したとき、その音無師がこう言って笑っていた。

「私がなぜ成績がいいかわかりますか。わかったら教えてください」

 本人にとっても謎なのだから、不思議のひとつに数えてもいいだろう。

 バクシンオー、凱旋門賞、フランス馬券、武騎手、音無調教師……これで5つ。先週消滅したディープ産駒と里見オーナーの「不思議」を合わせて七不思議だった、ということにして、今回はここまで。

 いや、阪神競馬場の桜はなぜかなかなか散らない、というのもあったし、京都競馬場の池にいる水鳥は……とやっているとキリがないので、本当に、このくらいで。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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