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競馬ブームと私の書き方

  • 2016年11月19日(土) 12時00分


 先日、スポーツ誌「Number」の取材で美浦トレセンに行ってきた。

 10月に出た同誌の武豊騎手特集号が売れに売れて、最近では、リオ五輪特集号や広島カープ優勝号に匹敵するほどだという。

 また、別の出版社から来週月曜日に発売される週刊誌でも競馬特集が組まれ、私も2ページだけ寄稿した。明治時代に創刊され、大正時代に週刊化された、誰でも知っている歴史あるその雑誌で競馬特集をするというと、意外に感じる人が多いかもしれない。自分のページ以外はどんな内容なのか聞いていないのだが、その話をNumberの編集者にすると、「海外馬券と国内の通常の馬券発売のコスト比較なんかをやってみると面白いでしょうね」と話していた。確かに、そういう記事があれば読んでみたい。

 私に連絡をくれたその週刊誌の記者は、もともと競馬ファンだったわけではなく、特集をやることが決まってからいろいろ勉強したようだ。普通、そうして競馬に関わったばかりの人は、騎手のことを「選手」、調教のことを「練習」、レースのことを「試合」と呼ぶので、「武豊選手はどんな練習内容で試合に臨むのでしょうか」といった訊かれ方をして戸惑うことが多いのだが、その人は、私たち数十年来のファンと同じような言葉づかいだった。私の本も資料として、流し読みではなく読み込んでいることが伝わってきて、こういう人たちがつくるなら、高いグレードを期待していいと思った。

 今、手元にその雑誌がなく、次号予告に競馬特集をやることが載っているかどうか確かめることができないので、誌名を記さないことをお許し願いたい。私たちの仕事には、不文律で、発表されるまでは関係者以外に対して保秘義務があるのが普通なので、いつもこんな感じになってしまう。

 さて、前にも書いたと思うが、ここに来てまたさまざまな媒体で競馬がとり上げられるようになり、ブームの兆しというか、その数歩前の予兆みたいなものが見えはじめたように感じることが多くなった。

 私が競馬を始めた1980年代後半は、バブル景気の真っ只中で、その勢いに乗るように競馬の注目度も高まり、売上げが下がる日が来るなど想像もつかなかった。何しろ「今このPHSを買っておかないと次は数倍の価格になる」だとか「このマンションが都内最後の新築物件になるらしい」といった噂がまことしやかに囁かれた時代だ。今の若い人にとっては「PHSって何?」だろうし、なぜ「都内最後の物件」というあり得ないセールストークに引っ掛かる人間がいるのかも理解できないだろう。しかし、当時は、経済成長は今後もつづき、人手不足で売り手市場の傾向はさらに強まり、不動産は買ったそばから値上がりし……という成長神話が普通に信じられており、私は、競馬も、注目度という意味でも、売上げの面でも、ずっと右肩上がりで行くことを疑わずにいた。

 ところが、そうではなかった。90年代、GIレース当日はファンが殺到するので、前売券を持っている人だけしか入場できないようにしていたのだが、いつしかそうする必要はなくなり、JRAの売上げも97年を境に下降しはじめた。

 それがようやく下げ止まった。

 売上げに関しては、東日本大震災が発生した5年前、2011年を底に、またゆるやかな上昇に転じ、今年も売上げ増が見込めそうだ。

 話題性という点では、先述した特集などのほか、藤田菜七子騎手が注目され、また、馬券を買ったことがない人でも、凱旋門賞の馬券が予想の10倍も売れたことを知っていたりと、競馬のなかに「情報として知っておきたいこと」が増えてきた。

 さらに、北島三郎氏、Dr.コパ氏、佐々木主浩氏といった有名人オーナーの所有馬が活躍することによって、「メジャー感」だとか、「遊び方を知っている人がハマるほど楽しそうなもの」というイメージがひろがっているのもいいことだ。

 ハイセイコーが活躍した1970年代前半を第1次競馬ブーム、オグリキャップの奇跡のラストランが感動を呼んだ90年前後を第2次競馬ブームとすると、次に来るのは第3次競馬ブームということになる。

 私が関わっている活字メディアに関して、第2次競馬ブームのときと同じことが起こるとすると、「昨日きょう競馬を始めたばかりだが文章の上手な書き手」が、ほかの分野からごそっと参入してくるかもしれない。競馬歴が浅いことは欠点になるだけとは限らず、新鮮な視点を持つという強みにもなる。また、そういう書き手は20代の気鋭であることが普通だし、筆力があるばかりか、たまたま美人だったりしたら、あっと言う間に売れっ子になってしまう。読者にとっては間違いなくいいことだ。が、既存勢力にとっては大きな脅威である。

 食われないよう、頑張らなくては。努力のしようはある。いったんプロになってしまった者の強みで、本番で、稼ぎながら練習できるので、授業料を払う習い事と違い、ずっとつづけることができる。

 私は今、相馬野馬追に関連する小説を書きながら、吉川英治の『新・平家物語』を読んでいる。読んでも読んでも終わらない。ものすごく長いのだ。担当編集者が知ったら「読む暇があったら書いてください」と言うだろうが、書くだけにしたら、自分らしさが薄れるようで、怖い。

 相馬氏は平将門の子孫だと言われており、時代にズレはあるが、一族の清盛らの物語にふれることで、時代や伝統につながっていることを感じながら書きたいのだ。

 そうして自分らしい書き方ができることに加え、平家物語をちゃんと読んだことがないという恥ずかしい事実を消していくこともできる。

 実は昨日、野馬追に関する本をまた買ってしまった。それもなかなか面白い。放送作家の村上卓史さんが送ってくれた著書の『感動競馬場』と一緒に楽しみたい。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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