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花粉症とギャンブル障害は同じなのか

  • 2018年03月08日(木) 12時00分


 鼻水が止まらず、目が痒い。ときどき口の中まで痒くなり、舌先でかきはじめると、気持ちがいいのか悪いのかわからなくなり、終いには涙が出てくる。花粉症である。

 馬も花粉症になると聞いたことがある。本当だとしたら、ハイシーズンに症状が出るわけだから、非常に都合が悪い。杉花粉がこんなに飛散している国は日本だけだ。ということは、もし馬にも花粉症があるとしたら、日本でのみ発症するのだろうか。

 先月オーストラリアでGI初制覇を果たしたブレイブスマッシュや、向こうでGIを2勝したトーセンスターダムなどは実は花粉症で、花粉がないから力を出し切れるようになったのではないかとも思えてくる。そのくらい、花粉症の季節は仕事のパフォーマンスが落ちる。

 20年以上前だったと思うが、こんなに花粉が飛び回る植林計画を立てた国に責任がある――と、国を相手どって訴訟を起こした花粉症の弁護士がいた。続報は記憶にない。おそらく玉砕したのだろう。

 洗濯物を外に干さないとか、空気清浄機能のあるエアコンを使うといった防衛法はあるにしても、患者自身が花粉全体をコントロールすることはできない。ギャンブル依存症も同じなのだろうか。

 個人の力でギャンブルをなくすことはできない。が、それに漬かりすぎないよう、自分の気持ちをコントロールすればいいのだから、望まなくても症状が出てしまう花粉症とは性質が異なるように思われる。しかし、その考え方は、必ずしもすべての人に当てはまるわけではないようだ。

 それに関して、3月6日付の読売新聞朝刊に、「競馬場 依存症NO!」という見出しの記事が掲載された。小見出しは「家族が顔写真提供→入場禁止」となっている。

<日本中央競馬会(JRA)はギャンブル依存症対策として、家族がJRAに申請すれば患者本人の意思に関係なく、競馬場や場外馬券場への入場を禁止できる措置を取ることを決めた。今秋からの実施を目指しているとJRA幹部が5日、明かした。

 政府のギャンブル依存症対策関係閣僚会議が昨年8月にまとめた提言を受けたもの。JRAは家族から提供された患者の顔写真情報を競馬場や場外馬券場に配り、職員が見つけた場合は声をかけて入場させない(以下略)>

 なるほど、花粉にヒスタミンの過剰な分泌を促されて鼻水が出てしまう人と同じように、借金をしてでもギャンブルに手を出さずにはいられない人を「患者」とみなし、手を打たなければいけないご時世になった、ということか。

「患者」というのは、あくまでこの記事でわかりやすく説明するための表現で、JRAでは「ギャンブル障害」という表現を用いている。

 JRA公式サイトのトップページ下部の「JRAからのお知らせ」の「馬券はほどよく楽しむ大人の遊び(JRAのギャンブル障害への対応)」というリンク(パソコン版はタイトルが若干異なる)から「勝馬投票券の購入にのめり込んでしまう等の不安のある方へ」というページを見ることができる。

 そこの「ギャンブル障害」の説明は、次のような文から始まっている。

<ギャンブルとは「より価値のあるものを得ることを目的に、自分にとって価値あるものを危険にさらす行為」です>

 非常に示唆に富み、文学的でもある。この一文の「ギャンブル」は、さまざまな言葉に置き換えることができる。「人生」だと行きすぎかもしれないが、「男らしい生き方」だとか「転機における決断」「誰かのために生きること」「上昇志向の実現」などなど。

 悪いことどころか、

 ――なんだよ、清水次郎長みたいでカッコいいじゃねえか。

 と思う人もいるのではないか。

 さらなる価値を得るために、既存のいかなる価値を危険にさらすか――をテーマに、対談を企画することもできそうだ。

 まあ、これは別に難しい話ではなく、当人が「ほどほどに」というラインを把握できるかどうかの問題だろう。もうひとつ確かなのは、負けてばかりいるから「依存症」や「障害」と言われるのであって、勝てば言われなくなる、ということだ。私には偉そうに言える実績はないが、もっと買うレースを選び、もっと買う馬について考える時間を長くするだけで、馬券のマイナスも、依存症もいくらかマシになり、自分にとっての「ほどほど」のラインが見えてくるのではないか。

 そう自分に言い聞かせ、今週も、ほどほどに馬券を買いたい。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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